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麻生発言と政治エリートの反知性主義

佐藤優 作家、元外務省主任分析官

 7月29日、東京都内で行われたシンポジウムに出席した麻生太郎副総理兼財務相が憲法改正問題に関連し、「憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と述べた。

 麻生氏自身、政府関係者、自民党、野党政治家の一部、並びに一部の全国紙は、麻生発言を全体を通して読むとナチスを評価しているわけではないと主張するが、このような見解こそが典型的な反知性主義者がよく用いる手法だ。

 ここで予め断っておきたいことがある。反知性主義者は決して無知蒙昧ではないということだ。高等教育を修了し、外国留学(米国スタンフォード大学、英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の経験があり、外相、首相を歴任した麻生氏のような人物でも、実証性や客観性よりは、恣意的な物語を展開した方が自己の権力基盤を強化するという認識を抱けば反知性主義者になる。

 ここで重要なのは、まず冷静に麻生氏の発言を分析することだ。8月1日の朝日新聞デジタルが麻生発言の詳細な記録を掲載している。そこで問題となった発言の前後を含め引用するとこうなる。

 <僕は4月28日、昭和27年、その日から、今日は日本が独立した日だからと、靖国神社に連れて行かれた。それが、初めて靖国神社に参拝した記憶です。それから今日まで、毎年1回、必ず行っていますが、わーわー騒ぎになったのは、いつからですか。

 昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。

 わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、喧噪のなかで決めてほしくない>

 日本語を常用する人がこの記録を、前後関係を含めて読んだ場合、「みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね」と肯定的な文脈で、ナチスの手口に学べと麻生氏が主張したと解釈するのが通常の理解と思う。

 麻生氏は8月1日、ナチスを例として用いたことについて、「誤解を招く結果となった」と撤回した。しかし、謝罪はしなかった。

 翌2日、麻生氏は、<「狂騒の中でナチスが出てきた悪しき例として我々は学ばないといけないと言った」と改めて釈明した。批判声明を発表した米国のユダヤ人人権団体に陳謝する考えは『ない』とも強調。野党からの閣僚・議員辞職要求についても「辞職するつもりはない」と否定した>(8月2日『朝日新聞デジタル』)。

 麻生氏が悪いことをしたと思っていないので謝罪しないのだ。このような姿勢も反知性主義者に共通している。

 さらにこの講演において麻生太郎副総理兼財務相は、ナチスが民主主義手続きによって権力を掌握したという認識を強調し、こう述べた。

 <僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください>(8月1日『朝日新聞デジタル』)

 この講演において、麻生氏は、上から目線で 「ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください」とわれわれに説教を垂れた。

 その内容を実証的に覆すことは簡単だ。ナチスは1932年11月26日の総選挙では、得票率は33.1パーセント(196議席)に過ぎなかった。総選挙の翌年1月29日にヒトラーは首相に指名されたが、直ちに議会を解散し、3月5日に総選挙を行うことにした。2月27日に国会議事堂放火事件が起きると、犯人を共産党と決めつけ、共産党員を大量に逮捕した。さらに共産党員の当選を無効にし、ナチスは43.9パーセント(288議席)を獲得した。

 <総選挙後、立法権や予算の編成・執行権などを国会から政府に移す「全権委任法案」を提出。事実上の憲法修正案だったため、「全国会議員の三分の二以上が出席し、三分の二以上の賛成」が必要だった。そのままでは三分の二に足りないナチスは共産党員に加え、同じ反対勢力の社会民主党員も恣意的に逮捕するなどして採決の分母から除外、無理矢理三分の二以上の賛成に持ち込んだ>(8月8日『東京新聞』朝刊)。

 麻生氏が信じる「ヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ」という言説が実証的にまったく成り立たないことは明白だ。麻生氏はそのことが問題であると考えていない。

 もっとも、麻生氏を含む現政権の反知性主義者に実証的批判を突きつけても無駄であろう。反知性主義者は、実証性や客観性に基づく反証をいくらされても、痛くも痒くもないからだ。反知性主義と決断主義は硬貨の表と裏だ。決断主義では「つべこべ言わず、俺がやれといったことをやれ」という政治指針が出てくる。

 反知性主義者は、独特なプリズムを持っている。 ・・・ログインして読む
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筆者

佐藤優

佐藤優(さとう・まさる) 作家、元外務省主任分析官

1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学研究科修士課程修了。外務省では対ロシア外交などを担当。著書に『宗教改革の物語――近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA)、『創価学会と平和主義』(朝日新書)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『佐藤優の10分で読む未来』(新帝国主義編、戦争の予兆編、講談社)など多数。

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