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暑いニッポン、戦車にクーラーを付けなくていいのか?

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 ここ連日、各地で最高気温が40度前後にもなる猛暑が続いている。今さら指摘する必要もないだろうが、我が国では夏場は暑いだけではなく湿度も高く、東南アジアと大して変わりはない気候だ。

 ところが自衛隊の装甲車輌のほとんどにはクーラーが付いていなのだ。国産兵器を開発する際の理由として「我が国固有の環境に適した装備が諸外国では存在しない」という常套句が使われる。ゆえに「我が国の環境や運用にあった装備の開発が必要だ」として国産装備を開発してきている。

 ところが夏場は東南アジア同様の「環境」にもかかわらず、装甲車輌にクーラーが装備されていない。昨今はトルコや中近東の途上国ですらクーラーを標準装備とするケースが増えているにもかかわらず、だ。

 夏場は東南アジア同様となる「我が国固有の環境」において、装甲車輌にクーラーは必要ないのだろうか。

 装甲車はソフトスキン、つまり通常の車輌と異なり装甲で密封されている。このため熱がこもりやすい。また金属製の厚い装甲は直射日光を浴びれば、熱を吸収して車内温度は50度を超える高温になることもある。しかもさほど大きな窓がなく、外気を入れることもままならない。当然、車内温度は通常の車輌よりも暑い。いわばサウナの中にいるようなものであり、作戦行動で長時間車内にこもっていれば、体力・気力ともに消耗する。これは根性や精神力ではカバーできない。

 特に問題はNBC(核・生物・化学)環境下での行動だ。NBC環境下で装甲車が活動する場合はNBCシステムを使用し、車体を密封し、気圧を上げることで外気からの化学物質や細菌、放射性物質などの流入を防ぐ。

 筆者が、クーラーが装備されていない化学防護車の装甲車の乗員らに尋ねたところ、夏場のNBC環境下での活動は30分程度しか持たないそうだ。無理をすると熱中症にかかってしまうからだ。

 仮に汚染地域内の目的地までの移動に10分、現場での活動に10分、退出に10分とすると時速40キロで移動するならば汚染地域内部には6.6キロほどしか進出できない。しかも作業できる時間はわずか10分だ。これではまともな活動はできない。

 最新型のNBC用の装甲車、NBC偵察車はクーラーが装備されているようだが、既存の化学防護車にはご案内のようにクーラーが装備されていない。筆者は長年このことに警鐘を鳴らしてきたが、2011年3月に東日本大震災が発生、合わせて福島で原発事故が発生した。この事故では化学防護車が出動したが、この震災が7~8月あたりに発生していたら、「作戦行動」は極めて難しかっただろう。

 自衛隊は夏場のNBC環境下での作戦は想定したくなかったのだろう。想定したくないから備えて来なかった。電力会社が原発のメルトダウンを想定していなかったのと同じメンタリティだ。

 自衛隊によると、NBC環境下での作戦は基本的に中央即応集団隷下の中央対特殊武器衛生隊など、ごく一部のNBC部隊が対処することになっている。少なくとも筆者が化学学校の校長などNBC教育機関や部隊の幹部に話を聞く限りそのようだ。実際に普通科(歩兵)など他の兵科ではNBCシステム装備の装甲車輌は数が極めて少なく、防護服すら満足に支給されてこなかった。

 だが、福島より深刻な状態が発生した場合、住民を安全に避難させるためには普通科のNBCシステムを搭載した装甲車が必要だ。だが夏場にそのような事態が起これば現状は全く打つ手がない。しかも数の上での陸上自衛隊の主力装甲車である軽装甲機動車にはNBCシステムが装備されていない。夏場のNBC環境下における被災者の保護は極めて絶望的だ。

 原発事故に限らず、北朝鮮の核ミサイル、あるいは核物質を搭載したダーティボムを弾頭とするミサイルが着弾するなどの事態、特殊部隊による原発攻撃、バイオハザードなどの事態が発生しない保証はない。まして我が国は中国から各弾道ミサイルの照準を合わせられており、北朝鮮の核兵器や核物質を搭載した弾道ミサイルにも備えなければならないという「我が国特有の環境」が存在する。

実射が公開された10式戦車=2012年8月26日、東富士演習場拡大実射が公開された10式戦車=2012年8月26日、東富士演習場
 最新式の10式戦車も電子機材を冷やすためだけのものは搭載しているが、乗員用のクーラーは搭載されていない。

 装甲兵員輸送車などでは、下車歩兵が搭乗しているためにキャビン全体を冷やす必要があるが、戦車では乗員にNBCスーツを兼ねた特殊なスーツを着用させ、これにダクトを通して冷気を送り込むシステムが使用される場合が多い。

 この方式では車内全体を冷やすよりも、より小さなクーラーで済む。クーラーが小さければ消費電力が少なく、エンジンあるいは補助動力装置も小さくできる。さらに戦闘で被弾して装甲に穴が開いても、個々がNBCスーツを着ているので乗員の生存率が高いというメリットがある。

 10式は事実上、夏場のNBC環境では戦闘ができない、あるいは非常に困難ということになる。主要国の第3・5世代以上の戦車でクーラーを搭載していないのは10式だけだろう。第3世代の90式戦車もクーラーは搭載していない。

 10式がクーラーを搭載しなかったのは価格と

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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