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北朝鮮の人権改善は強制収容所から

小川晴久(東大名誉教授)

 北朝鮮政府による人権侵害を調査する国連の調査委員会が、8月29日と30日、東京で公聴会を開いた。北朝鮮の強制収容所をなくすことを目的とするNGO「ノーフェンス」の副代表を務める私は、全日程に参加し、強制収容所について証言した。調査委員会は、来年3月に国連人権理事会に報告書を提出する予定だ。公聴会の感想を述べ、提言をしたい。

AJWフォーラム英語版論文

 公聴会の初日は、北朝鮮による日本人拉致と、拉致の可能性を排除できない特定失踪者問題、飢餓・食糧問題、マスゲームの人権問題、2日目は帰国者(1959年からの帰国事業で、日本から北朝鮮に帰国した在日朝鮮人と配偶者の日本人ら9万3千余名)の人権と、強制収容所をめぐってヒアリングが行われた。

 全体としていい公聴会であった。証言の内容だけでなく、国連調査委員会の実践的姿勢を感ずることができたからである。初日の午前中、拉致問題で40分以上にわたる詳しい報告を受けた後、オーストラリア人のカービー調査委員長は、2002年から進展のないこの現状をどうしたら打開できるかを質問した。

 聞かれた報告者もびっくりした。私もびっくりした。調査委員会は、ひたすら事実調査に専念するのだから、どうしたらひどい人権状況を解決できるかという方法論や運動論は公聴会では語るべきでないと、事前に周りから言われていたからだ。カービー委員長は、「調査報告書をもう一冊増やすだけで終わるような調査にはしたくない」「世論を喚起する場にもしたい」という意向だった。私は、そうしたことを公聴会に参加して知ったのだった。

 この意味で日本での公聴会は合格点を付けられる。しかし不十分なところがあった。カービー委員長の、このような意気込みが事前に日本政府やマスコミ、そして何よりも北朝鮮人権問題に取り組む日本のNGOに伝わっておらず、準備できなかったからだ。

 2011年、アムネスティー・インターナショナル(AI)など世界の三大人権NGOを始め40のNGOが結集して「北朝鮮の人道犯罪を即時に阻止する国際NGO連合」(ICNK)が発足した。近年、国際社会が北朝鮮の人権問題に大きな関心を向けるようになったが、その原動力は、北朝鮮の強制収容所のひどさである。

収容者は20万人と推定

国連調査委員会の公聴会で、北朝鮮への帰国事業について証言する高政美さん(左)と斎藤博子さん=8月30日、東京都内拡大国連調査委員会の公聴会で、北朝鮮への帰国事業について証言する高政美さん(左)と斎藤博子さん=2013年8月30日、東京都内

 北朝鮮の強制収容所には、反革命分子とされた政治犯らが収容されている。本人だけではなく、裁判もなしに家族ぐるみで収容所に送られる。強制収容所は、衛星写真や体験者の証言で、山中などに少なくとも6カ所が確認されている。収容者は約20万人と推定される。

 別の分析もある。最近の韓国政府傘下の統一研究院(KINU)の推計によれば、8~12万人が収容されている。しかし北朝鮮政府は、「我が国には政治犯という言葉は存在しない。したがって政治犯収容所は存在しない」と言葉の遊びを繰り返している。

 収容所のひどさは、体験者の手記を読まないとわからない。手記の英語版としては、2001年に出版された姜哲煥(カン・チョルファン)氏の『平壌の水槽( AQUARIUMS OF PYONGYANG )』が知られる。

 最近では、収容所で生まれ、23歳で脱出した申東赫(シン・ドンヒョク)氏の体験記『Escape from Camp14』(邦訳は「北朝鮮 14号管理所からの脱出」)も出た。 この1年間で13か国語に翻訳された。今年2月には台湾で中国語訳(繁体字)が出た。中国南部の人は繁体字も読めると聞いた。北朝鮮の体制を支えようとしている中国人や中国政府は北朝鮮の強制収容所の特別のひどさ(家族までが収容される連座制や外部との文通の不許可、不明確な刑期など)を知る必要がある。

 さて、日本での公聴会で不十分な点があったとすれば、拉致や帰国者の受難など日本と関わりの深い問題に重点が置かれ、北朝鮮の人権侵害のすべてが集中する巨大な強制収容所問題を「one of them」 扱いしたキライがあることだ。強制収容所の調査は、体験者の多い韓国で開かれた公聴会で十分果たしたという、分業意識が調査委員会や日本政府関係者にあったとしたら、世界の関心の高まりとその期待に応えていない。

 私は、提言したい。調査委員会は今後、北朝鮮の強制収容所問題にテーマをしぼり、国際的な公聴会とその解決のためのシンポジウムを少なくとも一回、ポーランドのアウシュヴィッツで開くのはどうだろうか? 世界の世論を喚起するには、これが一番である。

 北朝鮮の人々が改革開放を望んでいることは今回の公聴会でのジャーナリストの石丸次郎氏の証言ではっきりした。また、脱北して日本に住む元女子大生は、北の若者が立ち上がれないのは、家族までが強制収容所に送られるという連座制にあることを指摘した。

 日本政府はもちろん、各国の政府は、強制収容所の実態と深刻さをぜひ知り、自国民に知らせてほしい。日本には政府や自治体に国民への啓発を規定した「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」(北朝鮮人権法)がある。いい法律があるのだから、日本政府や自治体はそれを実践してほしい。

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小川晴久(おがわ・はるひさ)

東大名誉教授(北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会「ノーフェンス」副代表)おがわ・はるひさ 1941年生まれ。東大名誉教授。専門は、東アジア思想史。「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」の名誉共同代表も務める。著書に「北朝鮮 いまだ存在する強制収容所」(草思社)など。

 

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本論考は朝日新聞AJWから収録しています

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