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陸自の「水陸両用部隊」は米海兵隊の劣化コピーでいいのか(中)――参考になる英海兵隊

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 陸上自衛隊が水陸両用部隊の編成を計画していたことは数年前から明らかだった。筆者は同じく島国である英国の海兵隊、Royal Marinesが非常に参考になるのでないかと思い、関連の記事も書いてきた。

 本年9月には英海兵隊の訓練教育機関であるCTCRM(Commando Training Centre Royal Marines、英海兵隊コマンドウ訓練センター)を取材した。

アフガニスタンのカブールで、アフガン兵と並んでパトロールをする英海兵隊員(右)=2001年12月29日拡大アフガニスタンのカブールで、アフガン兵と並んでパトロールをする英海兵隊員(右)=2001年12月29日
 英海兵隊は海外のメディアに対して、さほど多くの取材を受け付けていない。これは現在、海兵隊がアフガニスタンでの英軍派遣部隊の主力であり、また敷地内で特殊部隊の隊員も多数出入りしているためだ。筆者は日本人ジャーナリストとして初めて取材が許可された。

 まず英海兵隊について簡単に説明しよう。その設立は1664年に遡る。海兵隊は海軍将校の護衛や英軍艦内部の治安維持、海外の停泊先での艦の防御、植民地での権益の確保などが主たる任務だった。

 英海兵隊の性格が大きく変わったのは第二次世界大戦においてだ。当時の首相、サー・ウィンストン・チャーチルは1940年、海兵隊を反撃の尖兵となるような上陸部隊、そして敵地において敵をかく乱するような小部隊、コマンドウに改変することを命じた。

 19世紀末から20世紀はじめ、南アフリカでの第2次ボーア戦争の折、オランダ系ボーア人はコマンドウと呼ばれる小規模な部隊で大規模な英陸軍正規部隊を大いに苦しめた。農業と牧畜、狩猟などを生業とするボーア人たちは狙撃や乗馬の名手であり、体力があり、長期にわたる野営に耐えられた。

 このコマンドウの活躍もあり、英軍は大いに苦しめられ、英国は多大な犠牲と国家財政が傾くほどの戦費を必要とした。若き日のチャーチルは第2次ボーア戦争に従軍して捕虜となっており、コマンドウの活躍を身に染みて知ったのである。

 日英同盟が締結された裏には第2次ボーア戦争による英国の苦境が大きな影響を与えている。第2次ボーア戦争がなければ日英同盟はなく、日露戦争で我が国がロシアに勝利することは叶わなかっただろう。

 現在の英海兵隊は第3コマンドウ旅団であり、総兵力7200名(英軍の再編成で6000名に削減の予定)で、英軍の緊急展開部隊に所属している。旅団といっても規模は陸自の師団に匹敵する。

 コマンドウ旅団は人員が約7000名、その下の連隊に当たるコマンドウ群が2000名、その下のコマンドウ中隊群が約200名、コマンドウ・トループと呼ばれる小隊が30名、その下にコマンドウ・チームと呼ばれる8名からなる分隊が存在する。これらは常に戦争や人道援助など海外遠征に即応できるようになっている。

 さらに高度かつ、センシティブなケースでは特殊部隊SBS(Special Boat Service)や陸軍のSAS(Special Air Service)が投入される。例えば海賊対処などの臨検は艦艇に乗り組んだ海兵隊が担当するが、これが厄介な人質事件などに発展した場合、

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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