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山本太郎議員に欠けていた良識は何か?――「直訴」事件に見る「不敬」感覚と「公共」感覚

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

山本議員の行為は天皇の「政治利用」か?

 山本太郎議員が園遊会で天皇陛下に原発問題に関する手紙を手渡したという報道がなされて大きな話題となった。自民党の官房副長官や参院幹事長や文部科学相は、議員を自発的に辞職すべき、という趣旨のことを述べ、国会で議員辞職決議や懲罰決議を行うべきだという声があがった。

 これに対して、山本議員は「陛下を悩ませることになり猛省している」(11月5日)と反省の弁を述べつつも、辞職しないでいる。そこで、参議院議長は山本議員に「参院の品位を落とすものだ」と厳重注意し、今後は皇室行事への出席を認めない、と伝えた(11月8日)。

 山本議員への批判は、現行憲法の論理からすれば、「天皇の政治利用」の禁を犯したということである。現行憲法では天皇は「国民統合の象徴」であり、「天皇は国事行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(第4条)と定められているので、自分自身の判断で政治的行為は行わない。

 それにもかかわらず、政治的な主題に関する手紙を手渡そうとしたことが、「天皇の政治利用」にあたるというのである。この論理には、自民党・民主党はじめほとんどの政党が賛成しており、共産党も山本議員の振る舞いは不適切だとしている。

「主権回復の日」の式辞後、天皇、皇后両陛下にお辞儀する安倍晋三首相(左端)=2013年4月28日拡大「主権回復の日」の式辞後、天皇、皇后両陛下にお辞儀する安倍晋三首相(左端)=2013年4月28日
 ただ、この点からすると、他にも様々な「天皇の政治利用」の疑いのある事件が存在する。

 たとえば、安倍政権は「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」(4月28日)に天皇の出席を要請して自民党議員たちが「天皇陛下万歳」を行った。

 これは、政府やその要人が政治的な意味のある式典に天皇の出席を要請したのだから、「天皇の政治利用」という点ではこの方が深刻である、という指摘がある。

 これに対しては国会で非難する決議はなされていないのだから、山本議員に対する辞職勧告や懲罰の決議は不均等に重い。まして、請願法では天皇に対する請願は内閣になされることになっており、天皇本人に行った点で不適切だが、それについて罰則はないのだから、罪を犯したとまでは言えない。

 そもそも冷静に考えてみると、基本的には、本格的に天皇の「政治利用」ができるのは式典に天皇や皇族に出席を要請したりできる政権の側であって、権力を行使できない野党や無所属の議員ではない。いくら手紙を渡して天皇が個人的にどのように思おうとも、象徴天皇には自由意思による政治的行動ができないからである。

不敬罪の感覚と直訴

 そうなると、山本議員に対してこのような厳しい批判や非難がなされる理由は、単に「天皇の政治利用」にとどまらない問題を感じる人がいるからだろう。それは何だろうか? 

 言葉の上では、「マナー違反」とか「非常識」ということになるが、その底に流れるのは天皇に対する「不敬」という感覚だろう。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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