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日経が伝えないトルコとの戦車エンジン共同開発の真実(上)――トルコの狙いは何か?

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 11月12日付日本経済新聞朝刊はトルコと日本の間で、戦車のエンジンの共同開発を政府が検討していることを一面トップで報じた。これは多くの読者にとっては意外な話だろう。なぜ英国やフランスなどではなく、中進国のトルコなのか。日経の記事ではその背景と詳細はわからない。

 実は筆者はこの話を8月の段階で、ブログで紹介している。恐らく日経の記事のソースは外務省だろう。だから軍事的あるいは軍事産業的なバックグラウンドがよく分かっていなかったのではないか。

 まず「共同開発」とあるが、実質的に日本からの技術移転である。共同開発としたのは先方のメンツに配慮した表現だろう。この話は安倍晋三首相が今年トルコを訪問した際に話し合いがもたれた模様だ。

戦車アルタイ=提供・オトカ社拡大戦車アルタイ=提供・オトカ社
 トルコは新型戦車、アルタイを開発中で、アルタイは現状ドイツ製の1500馬力のユーロパワーパック(MTU883ディーゼルエンジンとレンク社のHSWS295オートマチックトランスミッションの組み合わせ)を使用する予定だ。

 だが今回の話は、将来的にこれを我が国との「共同開発」したものに置き換えたいというものだ。アルタイは輸出も検討されている。

 日本側の技術供給先は90式戦車や10式戦車のエンジンを開発してきた三菱重工だ。三菱重工はトルコでの原発受注もあり、トルコでの足場固めのためもあってこの話には乗り気であるそうだ。

 トルコには現在戦車はおろか、中型以上の装甲車のディーゼルエンジンも開発できておらず、米国のキャタピラー社やカミンズ社、オーストリアのシュタイアー社、ドイツのMTU社などから供給を受けている。トルコは陸軍装備のほとんどの国産化を実現しているが、ディーゼルエンジンなどのコア・コンポーネントは輸入に頼っており、これらの国産化が課題となっている。

 戦車など装甲車輛では、整備性を上げるためにエンジンとトランスミッションを組み合わせたパワーパックと呼ばれるユニットごとにまとめられている。トランスミッションやパワーパックの開発・設計には極めて高度な知識と経験が必要とされる。先の日経記事では単にエンジンとされていたが、恐らくトルコ側はパワーパックの開発を目指しているのだろう。

 トルコがディーゼルエンジンを開発したいのは軍用のためだけではない。中型装甲車用のディーゼルエンジンは民間用のトラックや建機などにも使用される汎用品なので、これらを国産化できればトルコの自動車産業は大きく発展する。

 トルコには新型戦車アルタイを開発しているオトカ社などの国産自動車メーカーが存在してきたが、ここ20年ほどは日産、マツダ、トヨタなどの日本勢や、メルセデスなど欧米の自動車メーカーが進出し、部品産業も幅広く育っている。これはトルコがEU、中東、ロシア、中央アジア、アフリカなどに地理的に近く、輸出に便利で、勤勉な労働力が安く手に入るためだ。

 さらに、トルコの自動車産業が発展した理由の一つは人口の多さだ。トルコの人口は約7500万人でドイツに匹敵する。英国やフランスよりも多い。しかも人口は増加傾向にあり、29歳以下の若者が人口の約半分を占めている。このため国内だけの市場でもエンジンを含む自動車産業が十分に成立する。

 イスラエルは軍用車輛では非常に有名だが、エンジンやトランスミッションは生産していない。それは人口がトルコの約10分の1程度に過ぎず、国内で自動車産業が成立するスケールメリットがなかったからだ。このためイスラエルの軍用車輛はエンジンやトランスミッションを米国などに頼り、パワーパックの設計や生産だけを行っている。

 かつてトルコの国産メーカーは「ムラット」など自国開発の乗用車を作っていたが、現在では乗用車からは撤退しており、国内メーカーはバスやトラックなどの産業用車輛や軍用車輛に特化している。その面からもディーゼルエンジンが国産開発できればメリットは大きい。

 だが新型戦車、アルタイのエンジンの「共同開発」にも危ういところがある。プロジェクト自体が頓挫する危険性があるのだ。

 筆者は2年前にアルタイの主契約社であるオトカ社のプロジェクトマネージャー、メメット・カラサラン博士を取材したことがある。

 アルタイは韓国が開発中の戦車K2をベースにしているという情報があるが、これは事実ではない。カラサラン博士は「アルタイはK2をベースに開発されるものではなく、トルコ独自開発の戦車である。ヒュンダイ・ロテム社の役割は、戦車の開発経験がないオトカ社に対するアドバイザー的なものである」と述べている。

 また別な開発関係者に本年取材したところ、アルタイには現段階では履帯など一部の韓国製のコンポーネントが使用されているが、あまり韓国製のコンポーネントは使用されていないという。

 問題はオトカ社の戦車の開発能力が極めて怪しいことだ。

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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