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 6月に出した拙著『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)の出版記念と銘打って、沖縄・宜野湾市のカフェ・ユニゾンという洒落たスペースで小さなトークショーを開いた。沖縄について書いた本だったので、普天間基地から至近距離のこのカフェで会が開けるとは本当に幸運だった。

 台風23号が接近中だったので心配だったが、この台風、自転車並みの超スローなスピードで、会の当日10月3日はまだセーフの状態だった。僕は翌日の一便で東京に戻ってきたが、5日、6日は沖縄でのイベントはほとんどキャンセルになっていた。台風も味方してくれた。

トークショーで。左が筆者拡大トークショーで。左が筆者
 トークショーと言っても沖縄の言葉で「ゆんたーく」というユルいお喋りの会という趣旨だった。がっちりと喋る内容を準備することもせずに、成り行きに任せるスタイルをとったが、せめて材料くらいは持参しようと思った。

 ところが、僕が持っている古い沖縄取材の映像はほとんどがVHSテープの状態で、なおかつ僕はVTRの再生機を持っていないので持参しようにも中身が何が何だかわけがわからない。きちんと資料を分類整理するような性格の人が本当にうらやましい。

 沖縄との縁ということで言えば、今から17年前に出た沖縄の地元誌『EDGE』という、名前の通りエッジの効いた文化批評誌があって、その創刊号に自分と沖縄とのかかわりについて書いていたことを思い出した。自宅の乱雑な本棚を探したら出てきた。

 その創刊号と第3号のために書いた『琉球共和国憲法草案起草準備会規約』を宜野湾に持って行った。今から考えると、この『EDGE』はとても刺激的な本で、あれ以来このような鋭い批評誌にはそうそうお目にかかっていない。それから、これもずっと以前に今はなき『筑紫哲也NEWS23』時代に取材放送した『沖縄タイムスの50年』という特集映像、さらに僕が独断的に気に入っている沖縄関連音楽のCDを数枚、持参した。曲をトークに絡めて会場でかけた。ちなみにそのラインナップ。

▼『花』;喜納昌吉&チャンプルーズの『ブラッドライン』に入っている喜納友子バージョン。『花』は昌吉のより、これが一番いい。

▼『沖縄を返せ』;大工哲弘 『チバリヨーウチナー』(1997年)より。ちなみに、このCDのライナーノーツを僕自身が書いていた。すっかり忘れていた。音楽のライナーノーツを書いたことがあるのは、このほかにJAGATARA、レオニード・ソイベルマン、河内家菊水丸という濃い人たちばっかりだなあ。

▼山之口獏の詩に曲をつけたオムニバスCD『獏』。これを亡くなった筑紫哲也さんが愛聴していた。本当にこのCDは傑作で、今聴いてもすごくいい。この中から『年輪・歯車』(高田渡)、『座蒲団』(大工哲弘)、『会話』(佐渡山豊)、『告別式II』(嘉手苅林次)、『生活の柄』(高田渡&大工哲弘)。これを会場でかけだしたら、とても会場がなごんでとても気持ちがよくなった。

▼大工哲弘の『蓬莱行』(2003年)から『ヒヤミカチ』と『標準語励行の唄』。このCDは僕はワシントンでよく聴いていた。大工哲弘の哀愁を帯びた歌声と独特のペーソスの持ち味は一度ハマると抜けられなくなる。『標準語励行の唄』は1934年に作られた歌だ。当時、沖縄県校長会で、沖縄方言を追放し「標準語を一層普及徹底せしむる」ことが審議された。この歌はその運動の一環である。これをかけたら会場が沸いた。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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