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 今回の総選挙は、解散に至る経緯といい、その後の多党乱立ぶり、争点の拡散の度合いといい、何から何までかなり異例の選挙となっていると言ってよい。問題は、マスメディアや法律がその変容に追いついていないことだ。

 そうしたなかで11月29日の夜、インターネット動画サイト「ニコニコ動画」主催の党首討論会が民主党・野田佳彦首相や自民党・安倍晋三総裁ら選挙に名乗りをあげている10の党首たちが参加して行われた。民主、自民のほか、日本未来の党や公明、共産、みんな、社民、新党大地、国民新党、新党日本の各党首たちが参加したが、日本維新の会と新党改革は欠席した。

党首討論会に出席した(左から)安倍晋三・自民党総裁、野田佳彦・民主党代表、嘉田由紀子・日本未来の党代表=2012年11月29日拡大党首討論会に出席した(左から)安倍晋三・自民党総裁、野田佳彦・民主党代表、嘉田由紀子・日本未来の党代表=2012年11月29日
 インターネットによる配信だけでテレビ中継は行われなかった。総選挙においてインターネットのみの伝送経路で、党首討論という重要イベントが行われたのは今回が初めてのことだ。

 もともとは、野田首相が「解散攻勢」に出た安倍氏との1対1の党首討論を再び呼びかけたのに対して、安倍氏側がニコ動の場を逆指名したという経緯がある。民主党側は当初「(ニコ動は)きわめて偏向したメディア。政治的な別の意図があると思う」(安住淳幹事長代行)などと難色を示したことから、ニコ動側が抗議書を民主党に突きつける事態にもなっていたが、最終的には野田首相が受けいれた。

 安倍氏側は「テレビ局ですと各局の番組調整や公平性に問題があり、公示までの調整は難しい」とその意図を説明していたが、ニコ動について「インターネットで全国へ生中継されますし、相互に視聴者の方々の意見も反映される最もフェアな場所」ときわめてポジティブな評価を寄せていた。

 午後8時から同9時42分までの討論会場は、ニコ動の親会社ドワンゴの所有する東京六本木のライブハウス、ニコファーレ。会場に直接行った人の話では、きらびやかな会場の席を埋めた客のかなりの部分はメディア関係者だったという。

 ニコ動のこの間の総アクセス数は140万人を超え、「過去最高の数値」(二ワンゴ発表)だったという。話題性に加えてアカウントを持っていない人にも開放したことなどからアクセスが増えたものとみられる。

 僕自身、ニコ動の会員ではなく、この討論を非会員にも開放されたネットで見ていたが、アクセス数が多かったためか途中から画面がフリーズして視聴に支障が出ていた。

 一緒に画面を視聴していた在京外国メディアの記者は苦笑いを浮かべながら「この落書きはヒドすぎるね」と言って途中で帰ってしまった。僕も、ニコ動の売りでもある「コメント」を我慢しながら見続けていたが、ほとんど「便所の落書き」状態でコメントに値しない、というのが正直な印象だった。

 それは醜悪だった。だが落書きも55万を超えた(ニワンゴ発表)となると一つの社会現象ともなる。会場で幾度かコメントが大きく映し出されるシーンもあったが、党首たちが「悪罵」で包囲されている不快さは想像を絶したものだった。そのような場所に党首たちは好んで出て行ったのである。

 肝心の党首たちの議論の内容だが、時間制限や会場の落ち着きのなさ、司会進行の限界などから、深い議論とはなり得ておらず残念な結果だった。ネット世界でいう「まつり」にしかなっていない。党首の表記のされ方もスラングにもなりえていない低劣なものが多かった。ムネリン、ヤッシー、嘉田フィ、C3だのと表記して喜ぶ幼稚さが「コメント」なるものを支配していた。

 スローガンも「民主党に天誅を」「国防軍賛成」「原発必要」「憲法改正賛成」といった保守色の強い傾向が多く目についた。翌30日に日本記者クラブ主催で行われた党首討論は、以上のようなニコ動の「まつり」とは、スタイル、進行、伝送路のどれをとっても対照的なものだったが、公共情報としてどちらが内容の深い議論になっていたのかは比較以前の問題だった。

 とはいえ、各党首はニコ動主催の党首討論会に参加せざるを得なかったのである。言うまでもなく、それには旧来の伝送路(印刷・配達と電波、書籍としての店頭販売など)に拠って立ってきた新聞、テレビ、ラジオ、雑誌といったマスメディアに対して、YouTube、Ustream、ニコ動といったオルタナティブなインターネットメディアが隆盛してきたという事情が背景にある。

 インターネットという伝送路はそれにこたえる十分な伝播力を保持しているようにみえる。YouTubeはいまや世界最大の映像アーカイブスであることは否定しようがない。

 ニコ動に関して政治との接近の最近の例をあげれば、2010年の後半、テレビ・新聞といった旧来型メディアへの露出を抑えていた小沢一郎氏(当時は民主党)がニコ動にすすんで生出演して注目を集めたことがあった。裁判闘争などで苦しんでいた当時の小沢氏の言い分は、丸めて言えば「旧来のテレビでは発言の都合のいい部分を切り取って放送されるので真意が伝わらない。ノーカットの生放送でこそ見る側も理解できる」等々というものだった。

 テレビ局や新聞社が、発言の重要な部分を判断して編集・要約したうえで視聴者・読者に公共的な価値があるとして提示するのは、報道機関としての編集権の行使の仕事の基本である。それを否定しようという主張に関連して今でも僕が思い出すひとつのエピソードがある。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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