田畑光永(ジャーナリスト)
2013年12月05日
マスコミの記者OBらの訪問団の一員として9月に北朝鮮を訪問した。私にとっては4年連続4回目の訪問だ。北朝鮮では昨年来、三つの新経済政策が実施された。社会科学院の経済専門家によると、昨年からの「農村における分組管理制の徹底」、今年4月の「製造企業の計画外生産の自由化」、5月の「経済開発区法」制定である。
「分組管理制の徹底」とは生産の単位を細分化して、一組を3~5人程度にまで減らし、必要な上納分などを除いた生産物の処分権を農民に与え、生産意欲を高めようというものだ。
企業は、計画に従ってコストを安く抑え低価格で製品を出荷することが、原材料の高騰などでできなくなった。「計画外生産の自由化」とは、計画指標の達成を前提に、市場メカニズムによる計画外生産を認めたものだ。街にはそうした商品を売る店が増え、食品などがきわめて高く売られていた。
「経済開発区法」は全国各道(行政区)に「開発区」を設け、観光を含めて外資を呼び込もうとするものだが、詳細はまだはっきりしない。いずれも経済運営が行き詰まり、社会主義の原則を曲げてでも農工業の生産を増やし、外資導入に取り組まざるをえなくなった状況を反映している。
北朝鮮では、中国のような改革開放政策が遅ればせながら始められようとしているかに見える。しかし、それほど簡単ではない。
中国の改革開放は1979年から始まったが、それに先立って鄧小平(トンシアオピン)を中心に精力的に思想工作、世論工作が展開された。毛沢東思想を至上とするドグマから幹部、大衆を解放し、外部世界との経済的な格差があることを認めて、改革開放の必要性を納得させるためであった。
一方、北朝鮮は金日成(キムイルソン)、金正日(キムジョンイル)、さらに金正恩(キムジョンウン)へと3世代により権力が継承され、国民に対しては絶対的服従を強いて国家としての秩序を維持している。その根底には、3人がいずれも傑出した指導者であるというフィクションがあり、それに手を加える兆候はまったく見られない。とすれば、個人への絶対的崇拝と、市場経済の原理が共存できるか、という新しい問題が生まれるだろう。
中国では鄧小平が、毛沢東の評価について「功(革命戦争の勝利)が7、罪(文化大革命)が3」と割り切って見せて、人々を精神的呪縛から解き放った。果たして北朝鮮では事態はどう進むのだろうか。あの国を覆う疑問符は大きくなるばかりである。
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田畑光永(たばた・みつなが)
ジャーナリスト。1935年生まれ、東京外国語大学卒。TBS(東京放送)北京支局長、香港支局長やニュ-ス・アンカーを務めた。元神奈川大学教授。現在 一般社団法人・国際善隣協会理事。
※本論考はAJWフォーラムから収録しています
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