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【無料】 10式戦車とその必要性

清谷信一 軍事ジャーナリスト

 10式戦車を巡ってネットで議論が戦わされることは多い。だが、その根拠は事実に基づかない「願望」であったり、防衛省の公式見解だけを頭から信じ込んだりするものが多い。

 防衛省の公式見解は一面ではあてになるソースではある。だが、官僚組織の常として自分たちに不利なことは自ら明らかにしないという性質がある。

 例えば90式戦車の内部容積は少なく、近代化ができない。防衛省はそう主張して10式戦車の開発を進めた。

 だが、諸外国ではT-55やT62、T-72など90式よりはるかに内部容積が少ない戦車に近代化が施されている。戦車に対する常識的な知識があれば防衛省の主張は事実ではないと想像がつくだろう。実際に10式戦車のC4IRのテストベッドとして90式が使用されている。また10式の採用が決定した後、防衛省は90式の近代化を行うとアナウンスした。

 防衛省のHPには装備調達の初度費は一括して支払うとあるが、実際は初度費は複数年度にわたって支払われることは少なくない。

 また、先の大震災では陸上自衛隊が数百億円もかけて開発、導入したヘリ型UAV(無人機)が一度も飛ばなかった。このことは筆者が調査し、陸幕広報室に確認をとってその事実を報道した。だが防衛省がこのような「失態」を自ら開示することは少ない。

 だが防衛省が積極的に開示しなくとも、我々報道側の人間が調査取材をして、その事実を問えば原則答える。

 防衛省の主張が正しいと頭から信じこむと、防衛省が発表しないことは事実ではない、あるいは存在しないと思っている人たちがネット上の言論には少なくないが、真実にはたどり着けない。

 我が国の場合、他の民主国家に比べて防衛情報の開示に極めて消極的だ。これで装備しても諸外国の装備との公平な比較ができにくい。このため議論が水かけ論、神学論争になりやすい。

 筆者はこれを是正したいと常日頃考えている。このため今回、月刊「コンバットマガジン」2011年11月号に掲載した記事を転載することにした。この記事は技術研究本部(技本)の戦車開発の現場に対して行ったインタビューを元に構成している。筆者の知り限り、技本に対してこのような長時間のインタビューを元にした記事は他に存在しない。

 記事には筆者の考察も含まれているが、すべて技本側が目を通しており、事実関係の間違いがあれば訂正をしている。本稿が建設的な議論のツールとなれば幸いである。

【10式戦車とその必要性】

 本来8月末(2011年)には防衛省を含めた中央省庁の来年度予算の概算要求が出揃っていたはずだが、本年は東日本大震災が発生し、度重なる補正予算が計上されたこともあって9月末に繰り延べられた。今回の防衛省の概算要求は現防衛大綱および中期防(中期防衛力整備計画)が発表された後の初めての概算要求となる。

 新大綱では戦車の定数は400輛と前大綱よりも大きく削減されている。それは陸自の中で戦車の優先順位が下がっているということだ。筆者はこれまで本連載で何度か10式戦車は不要であるとの主張を行ってきた。優先順位、必要性が低いのに敢えて新型戦車を生産し、多額の予算を浪費する必要はない。既存の90式の近代化で充分であり、不足分は74式を近代化すれば事足りる。またすべての90式を近代化する必要は必ずしもない。他国でも行っているが、即応性が高い一部の部隊の戦車のみを近代化し、必要が迫った場合に他の戦車にも近代化を施せば宜しい。そうすれば戦車にかける予算を大きく減らせる。

 そもそも戦車に随伴する装甲車輛がまともにない状態で戦車だけ更新してどうするのだ。戦車が400輛ならば随伴する歩兵戦闘車、APC(装甲兵員輸送車)は最低でも1200輛ほどは必要だ。「月刊軍事研究」7月号で江口博保氏は現状の約40個の普通科連隊を装甲化するには4000輛のAPCが必要だとしている。これが4名の乗りの軽装甲機動車ならばその2~3倍が必要になる。また装甲指揮通信車も多数必要だ。

 だが現状では89式装甲戦闘車は僅かに70輛未満しかない。しかもまともな近代化すらされておらず、生存性が低い。96式装甲車は不整地の機動性が低い上に、防御力も小銃弾程度耐えられる程度で時代遅れだ。内地の部隊ではその96式も少ない。それどころか殆どの普通科部隊の大半は非装甲の高機動車で移動する。また内地部隊に配属されている軽装甲機動車は4名乗りで、装備を充分に詰めるペイロードもないのにAPCに使用しているのは異常という他はない。軽装甲機動車が戦車に随伴して機甲戦闘にするのは無理だ。その他施設科や特科など他の兵科の装甲化も必要だ。

 陸自は戦車だけで機甲戦ができると考えているしか思えない。

 更にいえば戦車を含めた装甲車輛には無線機が不備なものが少なくない。また今後既存の装甲車輛にはネットワークのための新型無線機、BMS(バトル・マネジメント・システム)、ナビゲーションが必要だ。この予算をどこから捻出するのか。新型戦車の調達前に調達するものは山ほどある。自衛隊はISR(情報・監視・偵察)アセットとネットワーク化の充実では遅れているが、敵がUAVなど優れたアセットとネットワーク能力をもっていれば、味方の戦車は遙か手前から探知されて砲兵や歩兵の対戦車兵器で簡単に撃破される。ロシアは対グルジア戦では重装備の戦力は圧倒的だったが、ISRとネットワーク化に優れたグルジア軍に痛い目にあった。このためもあり、新型の戦車、自走砲、戦闘車輛などの開発や調達をキャンセルし、グルジアにISRアセットや教育を施していたイスラエルから大量のUAVの調達を決定した。筆者には陸自が戦闘を行えばロシア軍同様に手ひどい被害をうけると思える。

 10式戦車採用の賛否両論があるが、いまだ詳細が明らかになっていない現在、水掛け論になっている。また期待が高すぎてあり得ないような高性能戦車であるかのような認識が一人歩きしている感が無きにしもあらずだ。そこで今回は筆者が昨年行った技術研究本部(以下技本)に対するインタビューを元にあまり語られていない10式戦車の情報を紹介する。このインタビューは新戦車室が既に解散していたため、開発に関わってきた第三開発室の北崎直弥二佐、技術開発官付総括室長市橋弘昭一佐、副技術開発官久島士郎ら多数の関係者が同席していただいた。主に説明したのは北崎二佐であった。長時間にわたってインタビューに応じていただいた技本の各位にはこの場を借りて謝意を表したい。

 なお取材は10式戦車ではなく、あくまで試作車輛についてのものである。これは採用された10式は試作車輛から更に変更が加えられて、変更などが生じているためである。このため本稿では一部の例外を除き基本的に新戦車と呼称する。また基本的には防御力に関してはノーコメントであった。なお10式戦車は「10式」とは呼ばれているが、制式装備品ではない。制式採用品になるとあれこれ近代化などがやりにくいため、防衛省では19年に制式化訓令を廃止にしたためだ。名称はあれこれ検討されたが、最終的に10式戦車に落ち着いたという。

 まず調達価格であるがが、技本としては初度費抜きで調達7億円を努力目標とした。その前提は600輛を調達だ。一個連隊配備数が30輛、それが20個連隊分という計算だ。

 今回の開発では計画当初からライフ・サイクル・コストの抑制が要求されていた。このため民生品や既存のコンポーネントを多用するのみならず、性能と価格をトレードオフした設計、機能のソフトウェア化などが盛り込まれた。性能と価格をトレードオフというのは各機能やコンポーネントに関して技本が陸幕に対して、この部分を高性能にするとこれだけコストが上がりますと説明し、コストを削減するために敢えて高性能化を諦め、費用の安い既存の技術やコンポーネントを採用した部分もある。このような取り組みは過去あまりなく、評価出来る部分だ。ただ、これかららのことから巷で噂されているようなあらゆる新規基軸をふんだんに盛り込んだ画期的な戦車ではない、ということがわかる。

 筆者が注目していたのは部品点数だ。部品点数が増えればその分コストはかさむからだ。新戦車は第三世代である90式の機能に加え、ネットワーク機能、補助動力装置、セミアクティブサスペンション、状況把握システムなどが新規の装備や機能が搭載されている。技本は部品点数の抑制にかなり力を入れた。部品点数は90式よりもネットワーク機能を含めて15パーセント減だという。特にC4IR関連のコンポーネントは純増にならないように努力したそうである。具体的には構成品を統合化して部品点数を削減、スタビライザーのジャイロやセンサー類はソフトウェアで置き換えて部品点数をかなり減らしたという。これが可能になったのはコンピューターの性能がアップして、演算装置が高速化されたからだ。90式ではコンピューターでは演算が間に合わなので、一つ一つセンサーを付けていたものを一つのセンサーで賄うことが出来たということだ。ソフトウエアの価格は初度費に含まれず、量産品の単価に載せている。反面セミ・アクティブ式の懸架装置は部品点数が30パーセント増えている。

 前記のように10式は90式には無い様々な機器が搭載されており、装甲にもモジュラー装甲が採用されている。恐らくは90式のこれらの機能や機器を搭載すれば部品点数は30~50パーセント増ぐらいにはなるだろう。補助動力装置だけでもかなりの部品点数が増える。技本の説明を信じるのであれれば、事実上部品点数を45~65パーセントほど減らしたことになる。筆者には信じがたいのだが。いずれにしろ部品点数を大幅に減らしたことで90式よりも高い信頼性が期待できる。

 新戦車では重量低減も大きな課題だった。日本製鋼所が新たに開発した44口径120ミリ滑腔砲は90式が搭載しているラインメタル社のL44をライセンス生産した主砲に比べて13パーセントの重量減を実現している。合わせて新徹甲弾が開発されたが、三菱重工の関係者によるとこの組み合わせは世界の120ミリ滑腔砲でもっとも貫通力が高いという。携行弾数は未公表である。恐らくは軽量化のために90式よりも減らされているだろう。なお、自動装填装置の装弾数も明らかにされていない。

 新型砲弾に耐えるために新主砲はより高い発射時の圧力に耐えられるようにより高い強度を持つように設計されている。このため新徹甲弾は90式の主砲では発射できない。ただ新戦車では90式で使用している弾薬の使用は可能である。技本は新徹甲弾の開発において陸幕から両戦車の弾薬の共用性は要求されなかった。

 将来74式が現役の残るあと10年ほどは3種類の主砲弾が必要となり、その後も2種類の主砲弾が必要となる。これは兵站に重い負担となる。解決策は90式の主砲を新型主砲に換装することだが、10式の取得と同時にこれを行うことは財政上極めて難しいだろう。

 戦車戦が起こりうる可能性よりもゲリラ・コマンドウ戦が起こりうる方が遙かに現実的だ。ゲリラ・コマンドウを重視するならば徹甲弾より、むしろ新型の榴弾や多目的弾(市街戦でも有用な)の開発を優先すべきだった。

 例えば米陸軍のM1A2戦車は装甲目標だけではなく、トーチや陣地、ヘリコプター、UAVなどにも使用できるM830A1多目的対戦車榴弾や、M1028対人キャニスター弾を搭載している。同様に米海兵隊はプログラム可能なDM11多目的榴弾を使用している。ゲリラ・コマンドウ戦を重視するならば、これらのような砲弾の開発が徹甲弾より優先されるべきだった。だが陸幕からは現在のところこのような新型砲弾の開発要求はないそうである。

 新戦車の最大重量は増加装甲などを付加した状態で44.4トンである。なお、40トントレーラーに搭載するときは、法令の規制もあり、モジュール装甲だけではなく、最小限の燃料・弾薬しか搭載できない。このためトレーラーによる移動後はモジュラー装甲の装着だけではなく、燃料と弾薬を搭載しなければならないので、その分戦闘準備に時間がかかる。諸外国ではこのような例はなく、重量制限をクリアするための苦肉の策であるといえよう。新戦車は近代化の重量増加を前提に設計されている、近代化に際しての最大重量は公開していない。重量増加はモジュラー装甲だけではなく、本体に近代化を施し、40トンを越える重量増加も可能であるという。だがその場合、40トントレーラー搭載時に搭載する燃料や弾薬を更に減らす、あるいはまったく詰めなくなる可能性がある。つまり、また40トントレーラーでの移動を前提にするならば、近代化による重量増は極めて大きく制限される。大幅に重量が増えるならば、40トントレーラーによる運用の前提自体を見直す必要がある。

 装甲のレベルは先述のようにノーコメントだが、開発関係者によると新戦車の砲塔正面は自己の主砲弾の直撃に耐えられるとのことである。筆者は北崎二佐にRPGや対戦車ミサイルなどのタンデム弾頭の形成炸薬弾の脅威に対する対応について尋ねたが、タンデム弾頭は二つの弾頭の起爆タイミングを間違えると上手く機能させることは難しいと話していた。恐らくはタンデム弾頭への対策は施されていないと思われる。

 新戦車の装甲の殆どは高価な複合装甲の類ではなく、新たに開発された圧延鋼装甲の溶接構造である。戦闘重量を鑑みれば恐らく正面装甲を除けば90式とほぼ同じ程度、あるいは若干高い程度の防御力とみていいだろう。つまりレパルド2A7やメルカバIVなど最新の3・5世代戦車のように上下左右360度の高い防御力を有していない。またスカートの厚さは8ミリ~10ミリ程度であり90式のそれと大差ない。なお、新戦車のスカートの厚さが5~6センチあると勘違いしている人がいるが、これは90式のスカート同様に車体からのクリアランスを取るために装甲板がL字型に折り曲げている。この部分を厚みと勘違いしているためだろう。実物をみればこのような勘違いは起きない。

 モジュラー式の中空装甲を採用した砲塔側面以外の砲塔後部、車体側面、後方は恐らくRPGの単弾頭でも大きな被害を受けるだろう。薄いスカートでPRGを止められるのであれば、各国がこれに替えて、より重たいスラットアーマーなど採用しない。

 トップアタック、上面からの攻撃も想定しているとのことである。だが実際の試作車輛を見る限り、砲塔上面や車体正面装甲はさほど厚いようには見られない。他国の何倍も高い高性能の薄型装甲でも採用していない限り、防御力は90式と大きな差はないように思える。恐らくは将来的に増加装甲の装着を考慮しているということだろう。

 雑誌などで砲塔後部のラックがエンジンルームを覆うような大型なのはトップアタック対策ではないのかという推測があるが、そのような効果が多少はあるのは否定しないが、それを目的にしたものではないとのことだった。耐地雷に関しては明確に強化しているとは明言していない。これも90式と同じレベルだろう。

 新戦車には出力9kwの補助動力装置が装備されている。これは高速で走行中、電動式の砲塔の旋回、自動装填装置、電子装置などをフルに使うと主エンジンだけでは出力が足りない動力を供給するため必要である。またエンジンを切った状態での電子装置などを可動させるためにも必要だ。そうすれば燃料の消費を節約できるだけではなく、赤外線シグニチャーも極小化できる。

 新戦車には市販品を転用したクーラーが装備されているが、これはあくまで電子機器を冷却するためのもので、乗員はその恩恵に預かれない。なおクーラーは10式戦車では変更される可能性があるとのことだ。乗員用のクーラーがオミットされたのは価格低減のためと、補助動力装置の極小化のためだろう。補助動力装置が小さくなればこれの調達価格も当然低く抑えられる。乗員用クーラーを搭載すればその分重量はかさむし、補助動力装置も大型化しその調達価格も高くなる。だが乗員用クーラーを搭載していないために夏場のNBC環境下において新戦車は30分ほどしか活動できないだろう。これが果たして夏場には35度を超えることも多々ある「我が国固有の環境」に適しているのだろうか。

 さて次いで目玉のネットワーク化である。新戦車のネットワークシステムC4IRに関しては、他の部隊とつながるネットワーク化(指揮統制)よりもウエポンシステムとしての戦車の運動と射撃の適切化を主眼に開発した。

 このC4Iシステムは部内では「戦闘総合化機能」と呼ばれている。これは基本的に戦車中隊内のネットワークで、データや画像のやり取りができる。現状でも他の戦車中隊と画像やデータのやり取りができる。また通信速度は非公開だが、現在陸自のヘリに搭載されているシステムよりも速度は遅いという。また基幹連隊指揮統制システム(ReCs: Regiment Command Control system)の端末を有している普通科など他の兵科の部隊とのやりとも可能だ。だがUAVなどの情報を戦車のBMS(戦術情報システム)とやり取りすることは技本では確認していない。

 各戦車は連隊など上級部隊との交信も可能だが、それは必要とされていない。通常中隊長車が上級部隊と連絡をとることになる。中隊長の車輛が撃破された場合は他の戦車がそれを引き継ぐことになる。またこのシステムは必要とあれば師団等指揮システムと接続も可となっている。将来他の部隊やネットワーク・システムの進化に合わせて、C4Iを近代化する必要があるが、それは可能となっている。

 なお海自、空自、および米軍とのデータのやり取りは想定していない。陸自のアパッチも米軍とのデータリンクが不可能だ。これは陸幕がそのような要求を出していないからだが、有事に米軍と密接な連携行動をとれるのだろうか。

 これらの要素を鑑みれば、10式戦車は「軽量化し、ネットワーク化した90式」であるといえる。戦略及び戦術的機動力は優れているが、正面以外の防御力は第三世代の標準レベルにすぎないだろう。他国の3・5世代戦車はネットワーク化とともに、非対称性戦を重視して、全周的な防御力を強化してRPGや携行型対戦車ミサイル、IEDや地雷などに対して防御力を高めているのとは大きく異なる。筆者はある意味10式戦車はバランスがとれた戦車であるとは思うし、コストも低く抑えられている点も評価はする。徹底的な軽量化と部品点数の削減に尽力した開発関係者は大変な苦労をしただろう。だが10式はいつも防衛省が自主開発の際に主張する「我が国固有の環境と運用」には合致していない。そもそも論だが40トンという重量制限で3・5世代戦車を開発することには無理があった。

 防衛省は新戦車開発の理由として90式ではC4IRなどの近代化を施せないことを挙げていた。ところが新戦車のC4IRのテストベッドは90式である。この開発に関わった高位の元自衛官によれば90式のネットワーク化けは充分に可能であり、むしろ車内が90式よりも窮屈な新戦車よりも余裕があるという。これを裏打ちするように近年防衛省は90式のネットワーク化を言い出した。また90式は重すぎて内地では使えないというが、他国の第三世代戦車よりも5~10トンも軽量なのだ。シンガポールですらレオパルド2A4を運用している。何故内地で使えないのか。法的な制限が問題ならば法改正を行えばいい。

 90式はソ連の侵攻に備えるために北海道に集中配備されたが、ソ連軍が侵攻してくるならば、北海道に攻めてきて欲しいというのは自衛隊の「願望」に過ぎない。ソ連軍が上陸作戦を行うのであれば一番防備が堅い北海道をパスして北陸など他の場所を攻撃する可能性は高かっただろう(といっても全盛期のソ連軍でも日本に上陸作戦を行う揚陸能力は無かったのだが)。相手が自分の願望に合わせる前提で装備を開発・調達し、軍備を整えるのは愚の骨頂である。

 冒頭に述べたように我が国で大規模な機甲戦闘が発生するという事態は殆ど考えられない。むしろゲリラ・コマンドウ、あるいは島嶼をめぐる防衛戦などの方が遙かにリアリティがある。このようなシナリオに対して10式戦車の対応力は90式と大差ない。必要なのは10式のような軽防備、高機動力の戦車よりも、機動力は低下しても重装甲で打たれず強い戦車だ。

 10式の「軽量さ」以外の機能は90式の近代化、即ち主砲の換装、C4IRシステム、状況把握システム、補助動力装置の追加などは90式の近代化で達成できる。また敵の対戦車兵器に対抗するためには正面装甲の強化よりもむしろ、それ以外の左右、上面、下部などの装甲の強化などを行うべきだ。これまた90式の改良で間に合う。

 どの程度近代化するかにもよるが、90式の近代化ならば10式の調達単価の数分の一のコストで済むだろう。また必ずしもすべての90式を近代化する必要はない。諸外国のように即応性の高い部隊の分だけを近代化すればよい。仮に防御力なども高めた本格的な近代化型費用が4億円で100輛程度に留めその他の90式は単に最小限のネットワーク化だけを施し、これのコストを一輛あたり5千万円としよう。10式の予算が毎年約160億円ならば、同額をつぎ込めば90式の近代化は僅か5年ほどで完了する。先述のように防衛省は10式開発の理由に90式の近代化が不可能だからと主張していたが、10式の採用後は90式も改良が可能だと言い始めた。つまり現状の計画ならば10式の調達と90式の改良を合わせて行わないといけない。これには長い時間がかかる。仮に10式が300輛調達されるのであれば、現在のペースならば90式同様20年はかかる。その頃には自慢のC4IRはとっくに旧式化している。いや使用している民生コンポーネントが手に入らず、途中で近代化を行わざるを得ないだろう。とあらば余計にコストがかさむことになる。10式が揃うまで有事が起こらないという保障はどこにもない。実際防衛省が8月に発表した「防衛力の実効性向上のための構造改革」でも調達タームの長期化の恒常化が問題であり、この解決を謳っている。

 解決策として10式の調達を中止し、90式の近代化を短期集中でおこなうべきだ。それが終わる頃には現在開発中の105ミリ砲を搭載した8輪装甲車、機動戦闘車の開発が終わっているはずだ。その予算を使えば機動戦闘車の毎年の調達数を倍増したり、あるいは89式装甲戦闘車の近代化、ゲリラ・コマンドウ戦に有用な新型榴弾の調達などに回せるだろう。また戦車の視界の遙か先を索敵できるUAVの導入も必要だ。それも今回の大震災、原爆事故という有事にまったく役に立たなかった現用のUAVではなく、まともな新型が必要だ。

 90式に欠けていた戦略機動性は機動戦闘車が有しているし、むしろ10式よりも優れている。このため島嶼防衛でも10式よりも有用だろう。装甲の薄い機動戦闘車では戦車に対抗できないという意見もあろう。それは一面真理である。では機動戦闘車と同様のセンタウロと74式が戦った場合どちらが勝つだろうか。センタウロは70年代の遺物である74式よりも遙かに高性能のセンサーと火器管制装置を有している。近年の戦車戦は概ね初弾で決まる。より早く、正確に照準を行い、射撃できる方が勝者となる。その面で74式は非常に不利だ。特に夜間であれば尚更だ。仮に敵戦車と交戦するにしても74式よりも機動戦闘車の方が有利だろう。そもそも想定される戦場は機甲戦ではない。非対称戦、島嶼戦だ。敵の主力戦車が出てくる可能性は極めて低い。

 本土決戦の戦車戦は機甲科の人間や戦車マニアにとっては魅惑的なシナリオだろう。だがそれは現実的ではない。限られた防衛予算を有効に使うためには、装備調達の優先順位の決定が必要不可欠だ。我々は国防のために税金を防衛費として支出している。機甲科関係者や、マニアの夢やロマンのために支出しているわけではない。

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筆者

清谷信一

清谷信一(きよたに・しんいち) 軍事ジャーナリスト

軍事ジャーナリスト、作家。1962年生まれ。東海大学工学部卒業。03~08年まで英国の軍事誌Jane's Defence Weekly日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関、Kanwa Informtion Center上級顧問。日本ペンクラブ会員。著書に『専守防衛─日本を支配する幻想』『防衛破綻―「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『自衛隊、そして日本の非常識』『ル・オタク フランスおたく物語』、共著に『軍事を知らずして平和を語るな』『アメリカの落日―「戦争と正義」の正体』『すぐわかる国防学』など。最新刊に『国防の死角――わが国は「有事」を想定しているか』。

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