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ウイグルの民族組織、ETIMとWUCとは何か?

柴田哲雄/愛知学院大学准教授(歴史学)

 10月28日に発生した北京の天安門広場における車両突入、炎上事件について、中国当局は東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)が関与していると発表した。しかし、離散ウイグル族の代表的組織である世界ウイグル会議(WUC)は、ETIMの関与に疑義を表明している。

 ウイグル族はイスラム教徒で、トルコやカザフスタンなどの主要民族と同じくチュルク系民族に属している。18世紀に清朝の支配下に入り、20世紀前半に中国からの独立を目指したものの果たせず、今日では漢族の大量移住などによって民族的アイデンティティを保つことさえ危ぶまれている。ETIMもWUCもこうした民族的危機からの脱却を目指して組織された。

AJWフォーラム英語版論文

ETIM、米などもテロ組織と認定

 ETIMは、小学校卒の元農民のハサン・マフスム(1965年生まれ、2003年死亡)によって1990年代に結成された武装組織。2001年のアフガニスタン戦争勃発前までは本部をアフガニスタンに置いていたが、戦争後にはパキスタンに移している。ETIMは、中国政府のみならず米国政府や国連からもアルカイダやタリバンなどと提携しているテロ組織として認定されている。しかし、アルカイダなどとの同盟関係ついては、米国内外から異論が出ている。

 実際、ETIMは米国との聖戦を最重視すべきだとするアルカイダなどからの要求を拒み通し、あくまでも新疆ウイグル自治区の独立を目指して、中国との闘争を最優先してきた。ETIMにはウイグル族のみならず、その他のチュルク系民族も多数参加しており、ウイグル・ナショナリズムよりもチュルク系諸民族の統合を目指す汎チュルク主義の色彩が濃いと言える。

 ETIMは中国側の2010年の情報によっても、せいぜい1,000名程度の兵力を有するのみである。米国政府はETIMを、資産凍結の対象となるテロ組織に指定し、特定外国人の米国入国を拒否する「テロリスト排除リスト」に記載した。2010年3月の報道によると、ハサン・マフスムの死後にETIMの最高指導者となったアブドゥル・ハクが、パキスタン辺境の部族地域・ワジリスタンの北部で、米国の無人戦闘機のミサイル攻撃により死亡したとのことである(中国外務省は確認できていないとしている)。カザフスタンなどの中央アジア諸国もETIMに対して厳しい取締りを実施してきた。こうしたことからETIMは今日では中国政府を揺るがすほどの力をもち得ていないと見られる。また数十万人規模に達する中央アジア諸国在住のウイグル族からもほとんど支持を得られていないと考えられる。

WUCは非暴力に徹底

 一方、 WUCは2004年に東トルキスタン(ウイグルスタン)民族会議と世界ウイグル青年会議が合併して成立した組織。初代総裁は、著名なウイグル民族主義者の子息であるエルキン・アルプテキンだった。現在の第2代総裁は、元実業家にして、中国の統一戦線組織である人民政治協商会議の元委員、ラビア・カーディルだ。WUCの本部はドイツのミュンヘンに置かれている。WUCがそれ以前の離散ウイグル族の組織に比べて画期的だ、とも言うべき点とは、非暴力を徹底させていること、及び独立よりも自治の実現の追求に傾斜していることである。またその名の通りウイグル・ナショナリズムの色彩が濃い組織でもある。

 WUC は欧米諸国、オーストラリア、日本、トルコ、カザフスタン、キルギスに29の傘下組織を抱えている。しかしその活動の中心地域は、ウイグル族人口が決して多いとは言えない欧米諸国であるため、その活動を維持・発展させるに当たっては、いきおい国際世論頼みになってきたことは否めない。そうしたこともあって WUCの運動方針は国際世論に受容されやすいように穏健なものになっていると考えられる。ラビアの国際的な名声も相俟って、今日 WUCは国際社会から離散ウイグル族の代表的組織と認知され、海外在住のウイグル族からも一定程度の支持を得られていると言ってよい。

ちらつく米国の影

 中国政府がウイグル民族運動の取締りに過剰なまでに躍起になっている理由としては、大きく3点挙げられるだろう。第1に新疆ウイグル自治区の地政学的な位置。同自治区は中国国土の六分の一を占め、チュルク系諸国のカザフスタンやキルギス、並びに情勢不穏なアフガニスタンやパキスタンなどと国境を接している。また石油や天然ガスを豊富に産出し、カザフスタンからの石油パイプラインも通過している。

 第2に米国の影。ウイグル民族運動は歴史的に諸外国の影響を受けており、中ソ対立の時期にはソ連の後援を得ていた。近年には米国が米国民主主義基金(NED)を通してWUCを積極的に支援するなどしている。中国政府はそれに真っ向から反発を示し、WUCをETIMと同列に扱って「暴力テロ勢力・民族分裂勢力・宗教過激勢力」というレッテルを貼っている。

 第3に「大漢族主義」。昨今、中国の人口の九割以上を占める漢族の間では、上は少数民族の同化を求めて民族区域自治の廃止を唱える知識人から、下は少数民族を襲撃する民衆に至るまで、「大漢族主義」とも言うべきショービニスムが蔓延している。中国政府は本来それを抑制すべき立場にあるが、近年、政府自体も「中国の夢」などとナショナリズムを鼓舞しているために、「大漢族主義」に染まりつつあると見られる。

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柴田哲雄/愛知学院大学准教授(歴史学)

しばた・てつお 1969年生まれ。中国上海市の華東師範大学法政系留学を経て、2001年3月京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年5月博士学位取得。2010年4月から2011年3月までコロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務め、その間に米国民主主義基金(NED)、並びに民主化運動や民族運動に携わる中国亡命知識人に関する調査に当たった。著書に『中国民主化・民族運動の現在―海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)など。