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「場」に加わる。次は自分で「場」をつくってみる――民主主義の基礎として

宇野重規×湯浅誠

宇野重規×湯浅誠

 参院選の自民党大勝、特定秘密保護法の成立、石破茂・自民党幹事長の「デモ=テロ」発言、そして、おさまらない「ヘイトスピーチ」……2013年の後半は「民主主義」にとって重要な出来事が続いた。しかし「民主主義」というのは、けっして国会での「多数決」を意味しているわけでもなければ、観念的なものでもないはずだ。われわれにとっての「民主主義」とは何か? 特定秘密保護法案が衆議院本会議で強行採決された日の夜におこなわれた宇野重規さん(政治学者)と湯浅誠さん(社会活動家)との対話は、その問いに対する一つの答えを提示している。まず一人ひとりが「場」をつくること。どんなこともでいいから、その「場」から行動すること――。
(本稿はトークセッション「『場』から始める民主主義――『社会は変わらない』ってほんと?』<2013年11月26日、紀伊国屋書店新宿本店>をもとにまとめたものです)

特定秘密保護法に対する「第2ラウンド」 

宇野 湯浅さんとこうして民主主義を語る日(11月26日)が、まさに民主主義に嵐が吹き荒れる日となりました。

湯浅 嵐って何ですか?

宇野 さきほど衆院本会議で特定秘密保護法案が可決されました。

湯浅 しかも、強行採決。

宇野 そう。

湯浅 この法案について福島市内で公聴会を開いたのが昨日のこと。馬場有浪江町長を含め、意見陳述者として出席した7人全員が、この法案に反対意見だった。その翌日ですからね、この点から言っても、まずいと思う。
 ただ一方で、自民党は選挙を経て衆参両院で多数派になっていて、そうして国民の信任を得た結果として、この法案が衆院で可決されたわけだから、ある意味、当たり前といえば当たり前。だけど、多数決なら何でもいいのかというと、違和感が残る。そうなると、民主主義というのは多数決ではないということになるわけで、ならば民主主義というのは一体何なのかという話になる。そんなふうに話を深めていけることですよね、これは。
 もちろん私にも、個別の法案に対して言いたいことが色々ある。ただ、「あんな法案はけしからん」っていうのとは別に、「自分が反対であろうと賛成であろうと、強行採決のような強引なことはなるべくしない」という、いわば国会の知恵があったと思うのですね。ところがそれが、ここ10年くらいで失われてしまった。そんな迂遠なことをしてないで、強いリーダーシップの下でさっさと決めた方がいいといった流れが強まってる。

宇野 もっと前からそうだったんじゃない?

湯浅 20年近く前からかな。

宇野 そう。それで、特定秘密保護法案について言うと、僕は「特定秘密法案に反対する学者の会」に参加しています。この法案は、何を「秘密」とするかの定義が曖昧だし、その「秘密」に関わる人の範囲も曖昧、さらにその運用をチェックする仕組みも不十分。これは危険だと思って、先日、思いを同じくする人たちと一緒に記者会見をしたわけですが、残念ながら、止められなかった……。

宇野重規さん(左)と湯浅誠さん拡大宇野重規さん(左)と湯浅誠さん
 もちろん、この法案に対しても、様々な意見があると思います。とはいえ、本当にこれが大切な法案であるなら、反対者に対して何度でも丁寧な説明と説得をし、議論をするという手間暇を惜しまず行うことが不可欠なのではないか。それが本来の民主主義であるはずなのに、それをせずに強行採決してしまった。おそらく強行する側に、それだけの度量や余裕、あるいは自信がなかったのではないか。そんな感じがしてなりません。

湯浅 本気でそれをやろうとすると、かなり面倒くさい。

宇野 民主主義とは本来面倒なもの。湯浅さんの本(『なぜ「活動家」と名乗るのか――岩盤を穿つ』ちくま文庫)の帯にも「攻撃ではなく対話で共同性を練り上げること」って書いてある。

湯浅 はい、自分でもなかなか実行できていませんが……。

宇野 時間をかけて議論をし、練り上げていくのが民主主義のはずなのに、そこを吹っ飛ばしてしまった。そういう不満がすごくある。
 ただ僕の場合、なんでもかんでも活動をしているわけではなくて、僕なりの方針がある。どういうことかというと、民主的に議論をしてある結論が出たならば、個人的にはそれに反対であったとしても、その結論は尊重する。だから、個人的に反対な問題すべてについて、反対活動をするかというと、そんなことはないわけです。
 けれども、民主主義の基盤を否定するようなことについては、政治学者として黙っていられない。最近の例で言うと、新宿で「差別撤廃 東京大行進」というデモがあったのだけど、僕もこれに参加した。

湯浅 新大久保(新宿区)とかでレイシスト団体が行っているヘイトスピーチ・デモに対抗して行われたデモですよね。

宇野 うん。どうしてヘイトスピーチ・デモに反対するかについてしゃべって、その動画がユーチューブにも上がってる。
 どうしてこの活動に参加したかというと、どれだけ立場が異なっていようと、その人に対して「お前なんて、消えていなくなれ」と言って示威行動をするのは、民主主義の基本原則を否定することになるからです。
 これは民主主義において、最も言ってはならない言葉であって、あなたとは考え方が違うけれども対話をしていくというのが、民主主義の基本条件。だから、「お前なんて、いなくなれ」という言葉を許してはならないと思って参加しました。

湯浅 分かります。それで言うと、最近よく考えることがあって。このところ憲法改正が話題になってるじゃないですか。たとえば、ある条文の改正案が提出されて、最終的には国民投票で決められることになったとして、私はその改正案に反対してるとするじゃない? そのとき、投票率30パーセントで、この改正案が否決された場合と、投票率80パーセントで可決された場合とで、どっちが悲しくて、どっちが嬉しいのだろうと。
 いまの宇野さんの話で言うと、しっかり議論をして結論を出したわけだから、80パーセントのほうが嬉しいということになると思うのですが、私自身の感覚で言うと、改正案の中身にもよるし、そのときの状況にもよる。

宇野 なるほど。

湯浅 どれほど投票率が低くても、自分がいいと思う結論になればそれでOKかといえば、それほど単純ではない。だからといって、国民的な関心も高くて、議論が尽くされた結果として、私が賛成できない結論になってしまったら、なかなか諸手を挙げて歓迎というわけにはいきそうにない。

宇野 僕も心が広くないから、反対している意見が通ってしまったら、やっぱり悔しい。でもそれも、テーマによると思う。
 原発にしても、TPPにしても、消費税増税にしても、僕なりに意見があります。けれども、みんなで民主的に議論をして、私の意見とは異なる結論になったとしたら、少なくともその結果は認める。ただ、諦めが悪い方だから、そこで負けても、第2ラウンドに持ち込もうとすると思う(笑)。
 それとは違って、ヘイトスピーチ・デモとか特定秘密保護法案は、民主主義の基本原則を否定しかねないから、それに対しては断固として闘わなければと思っている。民主主義的な決定であれば、反対意見が一度通ったとしても、次の機会がある。けれども民主主義というシステム自体が崩壊するような決定が、もし多数決でなされるようであれば、それに対しては徹底して闘わなければならない。

湯浅 民主的な決め方それ自体が脅かされるかどうかが判断基準ということですね。物事をみんなで議論して決めるときに、一度負けてしまっても、敗者復活の可能性があるかどうか。宇野さんの考える民主主義って、そこにポイントがあるんですか?

宇野 そう。一度負けたらそれきりというのであれば、それは認められない。

湯浅 なるほど、面白いですね。

宇野 ちなみに、特定秘密保護法案の強行採決について、ツイッターで「今日で民主主義が終わった」と書いている人が結構いますね。でもね、まだ終わったわけではないんですよ。
 それで言うと、映画作家の想田和弘さんが「特定秘密保護法:9回裏に慌てても遅い」というタイトルでご自身のブログに面白いことを書かれています。安倍自民党が改憲案を出してきた時点でもっと騒がなくてはならなかったし、2度も国政選挙で圧勝させてしまった。野球に喩えるなら、そういう動きに反対する側は8回までやられるままで、9回裏になって慌てて10点差を返そうとしても難しいというのです。「ただし、この勝負に第2試合がないわけではない」と言うのですね。僕もそう思う。これまでの様々な経緯から、今回こういう結果になってしまったけれども、これで終わったわけじゃない。必ず第2ラウンドがある。

湯浅 もちろんです。特定秘密保護法にしても、法律である限り、改正できますからね。

宇野 政治学者として言わせてもらえば、政権交代というのも、本来そのためにあるわけで、選挙によって国民が政権を選び、それによって政治を変えていくというのが、本来の主旨です。ところが先の政権交代で、多くの人が失望してしまった。しかし、長い目で見れば、こうした仕組みをうまく使いこなしていくべきだと思うし、その意味でも、今回の一件で民主主義が終わってしまったと諦めることはない。まだまだ2回戦、3回戦があるわけですから。

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