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「場」に加わる。次は自分で「場」をつくってみる――民主主義の基礎として

宇野重規×湯浅誠

宇野重規×湯浅誠

まずは行動、その行動を「習慣」へ

湯浅 それについて私も考えていることがありまして。ぜひ宇野さんの意見をうかがいたいのだけれど、高度経済成長期以後の日本において、社会的・経済的・政治的な変化がリンクした大きな変動というのは、3回ぐらいあったのではないかと思っていまして。

宇野 なるほど。

湯浅 一度目は1973年のオイルショックで高度経済成長が終わりを告げ、1976年には田中角栄のロッキード事件があって、自民党内にも紛糾が生じ、河野洋平さんが自民党を飛び出して新自由クラブをつくったとき。あのとき、経済的な変動が政治的な変動と結びついたと思うのですね。
 似たようなことが次に生じたのはバブル崩壊のとき。このときはバブル崩壊を背景にしてリクルート事件(88年)や東京佐川急便事件(92年)といった、政財官界を揺るがす汚職事件が起き、これが政治的な変動を引き起こして、日本新党の誕生につながった。そして3回目がリーマン・ショックのとき。これが引き金となって世界的な金融危機が生じたわけですが、民主党が政権を取ったのはその翌年の2009年。ここでも、経済的な変動と政治的な変動がリンクしている。
 こうしてみると、経済的な事件にしろ、社会的な事件にしろ、政治的な事件にしろ、毎年といっていいほど起きてるわけですが、なにか「熱」のようなものが世の中に溜まっていって、その内圧がひどく高まったときにバブル崩壊のような大きな変動が生じると、それが政治や社会の大変動をも惹き起こす。それが15年から20年ぐらいの周期で起きてきたんじゃないか。それで言うと今は、変化に対する「熱」それ自体が冷めていて、むしろ安定を求める流れが強くなっている。そんな風に思っているのですが、いかがですか?

宇野 実は別のグループで今、15年サイクル説というのを議論していて、いま湯浅さんが言ったのと、ちょっと似ている。
 まず、1975年が、日本にとっての大きな転換点だったと思うんですよ。45年に敗戦を迎え、混乱のなかで戦後秩序をつくっていった再建期。そうした時期が1960年くらいまで続く。やがて高度経済成長の時代となって、70年代前半にオイルショックがあるまで、経済発展期を迎える。75年から15年の成熟期を経て90年になると、冷戦が崩壊し、日本社会も全般的な解体期を迎える。そしてそれが、日本政治の大きな変革へと繋がっていく。
 第3次小泉政権が誕生するのは2005年ですが、その前後から民主党が台頭していって、政権交代が生じた。そう考えると、今この時代は、いまだ再建期が続いているのではないか。そして、この説に則って考えれば、再建期は2020年ぐらいまで続く。戦後日本の歩みをこうして振り返ってみると、まず敗戦から再出発して、なんとか政治的な再建を果たし、やがて経済成長の時代を迎え、それが崩壊し、ようやく今、再建が始まった。そんな状況だと思うんです。

湯浅 いま言われた「再建」というのは何の再建ですか?

宇野 新しい日本社会へ向けての再建。それで言うと、2020年の東京オリンピック開催が決まって、マスコミも含めて盛り上がっているけれど、開催年には世界中から色んな人が来るわけですよね。その際に、被災した東北の復興や、原発も含めて、自分たちはこういう社会を目指して頑張ってきたという、その成果を見せる絶好の機会でもある。個人的にはオリンピックを歓迎してはいないけど、2020年までには何とかしないといけないと思っていて。

湯浅 なるほど。私の説であれ、宇野さんの説であれ、長期的な視点でこれから何をするか考えていく必要があるということですよね。もちろん、特定秘密保護法といった個別のイシューに対しては、その都度、レスポンスしていく必要があるわけですが、それと同時に長期的な視点でも考えていかなくてはいけない。

宇野 そう。その意味でも、特定秘密保護法案が強行採決されたからといって、「今日で民主主義は終わった」と言ってしまうのは、どうしても違和感がある。

湯浅 その民主主義をテーマとする本を、この度、宇野さんは刊行されたわけですよね。『民主主義のつくり方』という本ですが、とっても面白く読ませてもらいました。
 この本ではプラグマティズムが重要な概念として取り扱われていて、プラグマティズムというのは「うまくいけばそれでOK」みたいな浅薄な思想ではないということを、一生懸命書かれている。
 ならば、プラグマティズムとはどういう思想か。たとえば私がある考えを持っていて、それが宇野さんの考えとは相容れないところがあったとします。そこで議論になって、ある部分については、どうしても宇野さんからは受け入れられず、むしろ、ここがおかしいと指摘されて、考え方の修正を迫られたりする。そんな風にしてお互い修正し合うなかで、振る舞いの作法のようなものが出来上がってくる。それを思想史家の藤田省三は「経験」と呼び、プラグマティズムは「習慣」と呼ぶ。
 ここで言う「習慣」とは、朝起きたら歯を磨くといったことではなく、人格の一部をなすようなもの。それが社会において共有されると「信念」となる。したがって「信念」とは常に社会的なものである。そのような思考をするプラグマティズムは、「閉ざされた個人」を前提とする社会契約論と違って、人と人との関係性を前提としており、これからの「民主主義のつくり方」のモデルの一つとして可能性があるし、すでにこの日本でも、そういう実践がなされている、と。
 とても面白かったのですが、よく分からなかったのは、この本の後半で、病児保育に関するNPO法人フローレンス代表の駒ちゃん(駒崎弘樹氏)の話が出てくるあたりなんです。宇野さんはそこで、駒崎さんが社会企業家として試行錯誤しながら種々のノウハウを培っていき、それが政策にも取り入れられるようになる経緯を紹介して、そうした実践を「社会的習慣」の一つとして評価しているわけですが、そこで言う「習慣」と、この本の前半でプラグマティズムを論じる中で言われた「習慣」とが同じものなのか、という疑問があった。この本の後半で宇野さんは、駒崎さんのほか、海士町(あまちょう)とか釜石といった地方自治体の例も取り上げていますよね。

宇野 海士町というのは、島根県にある隠岐諸島の一つ、中ノ島にある人口2500人規模の、小さな町の話だね。

湯浅 ええ。それで、この町にここ10年くらいでIターンする人が増えてきて、町自体も活性化したという話をされている……。

宇野 Iターンした人はこの10年で人口の1割を超えたらしい。しかも若者が多くて、定着率も高い。実際に行ってみると若い人が多いのに驚きますし、外国人も結構いる。活気があるわけです。

湯浅 地方自治体の多くが、Iターンも含め、移住者が暮らしていけるよう、色々工夫しているわけですが、なかなかそううまくはいかない。そんな中にあって、海士町には続々と人がやって来る。一体これは何なんだということで有名ですよね、海士町は。それから宇野さんがこの本で取り上げている釜石は――。

宇野 僕らは東大の社研(社会科学研究所)で希望学というプロジェクトをやっていて、釜石とはその関係で2005年からずっとお世話になっているんです。
 製鉄の町として栄えていた釜石も、1989年には最後の高炉が操業を停止して、なかなか希望を見出せなくなっていた。それが2008年頃には製造業も復活してきて、希望が見えてきたというときに、2011年の東日本大震災が起きたのです。僕らが「希望の種」だと思っていた試みの多くが、破壊されてしまった。そんな中で、NPOの人たちを含め、復興への動きが生まれていて、そこにも民主主義の「種子」があると、僕はあの本に書いたわけです。

湯浅 宇野さんにとって、そういう事例も「民主主義のつくり方」の一つになっている。でも、その展開に少し無理があるというか……。

宇野 なるほど。それについて説明すると、もともと僕はフランスの政治思想、とりわけトクヴィルの研究をしてきた人間です。だから、アメリカで生まれたプラグマティズムにはさほど関心があったわけではない。けれど、2010年にアメリカへ行き、プラグマティズムに目覚めたのです。それには幾つか理由があって、政治学者の一人として、政治改革以降の流れに関心を持って、政権交代まで見てきて――。

湯浅 あ、すみません、話の腰を折ってしまうのですが、どうしてトクヴィルだったんですか? そこに宇野さん的なところが既に現れているような気がしまして……。政治思想の研究であれば、ホッブズ、ロック、ルソーといった社会契約論の系譜に連なる思想家もいるわけで。ところが宇野さんはトクヴィルを選んだ。その理由が知りたいです。

宇野 何となく、シンパシーを感じたのです。トクヴィルは最初から民主主義者だったわけではない。元々貴族だったので、どうしても民主主義社会では居心地が悪い。頭では民主主義が正しいと思っていても、どうしてもそれに馴染めないという悩みを抱えていた。それがアメリカへ渡って、少しずつ変わっていく。民主主義というものを、少しずつ理解していくわけです。そして最終的には、民主主義の問題点を指摘しつつも、それでも民主主義を肯定するという立場を選んだ。悩みつつも民主主義に賭けたのです。そういうところに共感した気がします。

湯浅 なるほど。

宇野 それで、プラグマティズムについて言うと、みなさん、プラグマティズムと言われても、ピンと来ないと思うんですよね。

湯浅 理念がないみたいな。

宇野 結果がよければそれでいいとか、とにかく現実的な思想だとか、そんな風に思われることが多い。けれど、まず認識すべきは、プラグマティズムは、60万人以上の人が命を落とした、アメリカ史上最大の内戦である南北戦争の経験から生まれた思想だということです。相手の言い分に耳を貸さず、自分が絶対に正しいとする独断的信念の対立が深刻化して、最後まで行き着いたときにどうなるか。そんな悲劇を二度と繰り返さないためにはどうしたらいいかを考える中から生まれてきたのがプラグマティズムです。

湯浅 なるほど、人と人とがどう繋がれるかとか、いかに争わずに社会をつくれるかといった問題意識があったのですね。

宇野 それで言うと、ヨーロッパの政治思想の場合、血で血を洗うような宗教戦争の経験から、主権論が生まれてきた。結果として、多様な信仰を超越する単一の意思が強調されるわけです。人民主権の場合も、単一の人民の一般意思が強調される。これに対して、プラグマティズムの場合、色んな人が自分の信念に基づいて一種の社会実験を行うことを重視する。また、そのような実験を許容するような社会が民主主義であると考える。
 たとえば教育学者としても著名なジョン・デューイは、多様な人が多様な場所で多様な社会実験をすることを重視する。誰もが実験をする権利を持っており、さらにはその背景に、誰もが「信じようとする権利」を持っているということを、相互に認め合う必要がある、そういう民主主義像を提示したんですね。言い換えればデューイは、単一の一般意思という民主主義像ではなく、分散的な民主主義像を打ち出したわけです。
 それで言うなら僕は、日本における政党政治や政権交代、それを可能にする議会制や選挙制度改革にも関心があるけれど、そのような中央政治からいったん目を離してみれば、日本社会の各地で新しい社会をつくる試み、すなわち新しい「民主主義のつくり方」を実践している人たちが既にいることに気づきます。
 先ほど話題になった海士町にしても、これからどうしたらいいのか、何をしていくのか、住民同士でしっかり話し合いをして、「島の幸福論」という総合振興計画を策定した。若い人たちを積極的に島に招いて、お金はあまり出せないけれど、活動できるチャンスを与えて、出来る限りみんなでサポートしていくという仕組みをつくり上げたわけです。
 釜石の例で言えば、三陸地方というのは、昔からNPO不毛の地と言われてきたけれど、東日本大震災で壊滅的なダメージを受けたその釜石に、いったんは余所へ出ていった若者たちが戻ってきて、復興のためにNPOのメンバーとして活躍している。
 そういう人たちのことを調べていてつくづく感じたのは、それぞれがまずは行動してみる、それが「習慣」となったときに、その習慣はいつの間にか人々のあいだに広がっていく、ということです。ある人が、自分の信念に基づいて、何かをしてみる。それに触発されて自分もやってみようという気になる。そういう連鎖が、理屈じゃなくて起こる。
 じつは僕自身、海士町に行くと、ここの住人になろうかなって思っちゃう(笑)。そんな風に、「自分もしてみたい」という思いが生まれるわけです。ジェームズの有名な言葉で、「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」というのがあるでしょう。実は、はじめてこの言葉に触れたとき、「明日から早起きすれば、人生、ハッピー」みたいな、浅薄な感じがして嫌だった(笑)。

湯浅 自己啓発本によく書かれてあるような言葉ですよね。

宇野 そうそう。でも、実際にジェームズの本を読んだり、調べたりしたら、じつは彼は悩み多き人であることがわかった。南北戦争の最中、自分も戦わなくてはと思ったものの、結局、それができず、トラウマとなってしまうのです。そこで彼はこう考えた。どうしても決断がつかないことがあるけど、人は生きていかなくてはならない、ならば、結果はどうあれ、ひとまず何かやってみる。それが少しでもうまく行ったならば、少しずつそれは自分の「習慣」となり、ひいてはそれが他の人にも伝播していくはずだ、と。
 それで言うと、NPO法人フローレンスの駒崎さんは、政府も企業も手を出せないような社会的なサービス、つまり病児保育を、試行錯誤の末に見事、軌道に乗せてみせた。そうなると、今度は厚生労働省がそれをモデルとする事業化を検討したり、他の団体が真似したりするようになったんですね。
 駒崎さんは最初、それが嫌で、せっかく自分たちが苦労して作り上げたものなのにと思ったらしい。でも、あるとき、なんて自分はケチくさいんだろうと気づくわけです。みんなが真似してくれて、そういう「習慣」が広がっていけば、結果として社会を変えることになる。政府にしろ企業にしろ、これまで提供できていなかったサービスを、自分たちがまず提供できるようになれば、そこから広がっていく。そんな風に「新しい習慣」をつくり上げることで、社会を変えていく。そんな駒崎さんの姿を目の当たりにして、スマートだなって思ったんです。

湯浅 うん、それについて、異論は全くないです。

宇野 そういう駒崎さんの実践も、やっぱり「習慣」なんだと思うんだけど。

湯浅 でも、「習慣」になり得る振る舞いと、そうでない振る舞いがあるじゃないですか。

宇野 なるほど。

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