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歴史を持ち出せぬベトナム ナショナリズムの中核に経済発展

伊藤正子/京都大学大学院准教授(ベトナム現代史)

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が2013年9月にベトナムを訪問した。その際、かつての韓国軍のベトナム参戦と民間人虐殺問題について謝罪の言葉を発しなかった。これは金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が謝罪したのとは異なる行為だった。しかも原発輸出と自由貿易協定締結などセールス外交にのみ力を注いだため、韓国の進歩的新聞『ハンギョレ』が批判した。日本の保守紙は、ハンギョレを引用したうえで「ベトナムが韓国に歴史認識の一致や謝罪、反省を求めず未来志向の協力関係を重視する"成熟"した態度」を示していることを高く評価し、そのようなベトナムの態度は「韓国の対日姿勢に対する教訓であり"圧迫"になる」と報道した。

AJWフォーラム英語版論文

 日韓関係が極度に悪化するなか、ごく一般の日本人の間にも「韓国は日本に常に謝罪を要求しながら、自分たちはベトナムに謝らないではないか」という論調が増えてきているように感じる。

 『ハンギョレ』の指摘はもちろん妥当である。しかし、日本は『ハンギョレ』同様に韓国を批判できる立場にあるだろうか。日本ではほとんど知られていないが、第2次大戦中の日本のベトナム占領期、1944年冬から翌年春にかけ、ベトナム北部で大飢饉(ききん)が発生。「200万人が死亡した」とベトナムではいわれている。しかしベトナムが日本を非難することはない。日本や韓国以外にも、フランス、アメリカ、中国などから侵略を受けてきたベトナムだが、「過去にフタをして未来に向かおう」というスローガンを掲げているため、どの国に対しても過去の歴史を全く持ち出さないのだ。そうした「恩恵」に実は日本もあずかっている。

 ではなぜ過去をもちださないのか。簡単にいえば、ベトナム国民の間で共通の「歴史」をもてないからである。つまり、旧南ベトナム政権側についていた人などは、社会主義の現政権とは「輝かしい戦いの勝利の歴史」を共有できない。そのため、すべての国民を包摂するためのナショナリズムの中核に「歴史」を置くことができないのである。そしてその代替になるのが「経済発展」だと政府は考えている。経済発展に必要な資金を得るためにも、いたずらに「過去」を持ち出し、各国からの経済援助を減らしてはならないという判断もある。

戦争の被害者、置き去りに

ベトナム中部ビンディン省で、韓国軍による
住民虐殺の様子を描いた壁画の前で被害を
語る村人=桜井泉撮影ベトナム中部ビンディン省で、韓国軍による 住民虐殺の様子を描いた壁画の前で被害を 語る村人=桜井泉撮影

 その陰で、ベトナム国内では、実際に戦争被害にあった人が置き去りにされ、戦争被害を語ることが抑圧されたりする現象も生じている。筆者は、韓国軍によるベトナム人戦争被害について、あまり語られることのなかったベトナム側の対応を現地で調査し、国家や地方、被害者本人という様々なレベルから論じた『戦争記憶の政治学-韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題と和解への道』(平凡社)をこのたび出版した。そのなかで虐殺被害地域における韓国NGOの和解をめざす様々な活動も紹介した。ハンギョレ新聞社の出す週刊誌『ハンギョレ21』は、2013年10月から再度、ベトナム戦争を検証する連載を始めている。

 それに比べ、日本では歴史を学ばず、歴史認識を批判されて反発する動きだけが目立つ。多少なりとも過去に真摯(しんし)に向き合おうとし、「慰安婦」へのお詫びを表明した「河野官房長官談話」(1993)や侵略、植民地支配を反省した「村山首相談話」(1995)さえ今や風前の灯である。スローガンはどこの国でも「過去にふたをせず、過去をふまえて未来へ向かおう」でなければならないのに。

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伊藤正子(いとう・まさこ) 京都大学大学院准教授(ベトナム現代史)

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。1964年広島市生まれ。東大文学部卒。東大大学院総合文化研究科で博士号取得。専門はベトナム現代史。著書に「民族という政治:ベトナム民族分類の歴史と現在」(三元社、2008年)など。ベトナムへの原発輸出に反対している。