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 <ブン、ブン、シン! ブン、ブン、シン!> 

 何やら勇ましいマーチのようなテンポの歌がその宣伝カーからは流れていた。幟(のぼり)の数や選挙ポスターのたぐいもこっちの陣営の方が圧倒的に数が多い。シンボルカラーは緑だ。候補者本人に加え、運動員も緑色のジャンパーを身につけている。

 大手広告代理店のOBがこちらの陣営の選挙戦を指導しているとの噂をきいた。<新リーダー誕生>と大書きされたポスターを町の各所で見た。

 僕は沖縄県の名護市長選挙の取材を現地で数日間続けていた。実に熾烈な選挙だった。普天間基地の移設先を名護市辺野古へという計画案を受け入れるかどうか。この問題が選挙戦の最大の争点となった。あくまでも受け入れ反対を貫く現職の稲嶺進市長に対して、元県議の末松文信(ぶんしん)候補は、移設「推進」を掲げてたたかった。

 冒頭の歌の歌詞は末松候補の名前である。これまでの市長選挙で使われていた「容認」という文言が今回からは「推進」に変わっていた。

 ここに至るまでにさまざまな変化が沖縄県内にあった。と言うよりも、東京の永田町・霞が関との関係で沖縄に変化が強いられたと言った方が正確かもしれない。

 2013年末には、仲井真県知事が辺野古沖の埋め立て申請を承認した。県庁ロビーが怒った県民たちによって一時占拠された。さらには県議会が知事の辞職勧告を決議した。

 市長選挙の結果は、現職の稲嶺進氏が再選された。稲嶺候補1万9839票。対する末松候補は1万5684票。4千票以上の差がついた。だが街頭の選挙戦の勢いをみていた限り、選挙費用は、末松陣営がはるかに費やしていたように思われた。。

 末松陣営の立会演説会には、組織的に人が動員されて到着時間の前から待ちかまえていた。服装や立ち居ふるまいからどのような業界の人かとすぐにわかるケースも目についた。さらに、中央から大物政治家たちが次々に応援に入ってきた。

名護市長選で末松文信候補(右)の応援にかけつけ、支持を訴えた仲井真弘多知事=沖縄県名護市拡大名護市長選で末松文信候補(右)の応援にかけつけ、支持を訴えた仲井真弘多知事
 だが何と言ってもこちらの陣営の最大の特徴は、その応援に入ってきた政治家や国会議員たちの口から出てくる言葉がほとんどおカネ(再編交付金や振興策に伴う財源)にまつわることばかりに重点を置いて語られ、今のままの市長ならばみすみす入る筈のこれらのおカネが皆さんのもとに入って来ないのですよ!とまで訴えていた。

 これほど露骨な“応援”演説というものが今の日本で通用すると思っている人々が目の前にいた。

 仲井真県知事も何度も末松候補の応援に駆けつけていた。すこぶるお元気であった。街中で配布されていたという「怪文書」のたぐいをみた。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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