道下徳成(政策研究大学院大学准教授)
2014年02月05日
北朝鮮の張成沢(チャンソンテク)・前国防委員会副委員長が昨年12月、「国家転覆陰謀行為」で死刑となった。金正恩(キムジョンウン)第1書記の義理のおじで事実上のナンバー2だった張氏の粛清は、国際社会に大きな衝撃を与えた。
張氏の死刑は、2012年に李英鎬(リヨンホ)軍総参謀長が粛清されたのと同様、新体制発足から2年を迎えた金正恩氏が独裁を固めていく中で発生したといえ、今後、政策決定に自らの意思をより強く反映させる契機になるだろう。
対外政策では、金正恩氏の一存で日米に思い切った対話カードを切ることができる。とりわけ、米国に対して積極的に対話に呼び込もうとするかもしれない。たとえば、核兵器・物質をこれ以上製造しないことを条件に経済制裁を緩和させ、平和利用のためのウラン濃縮活動を認めてもらうという合意を求めてくることが考えられる。そのためには、中国が仲介する6者協議の早期再開にも合意するであろう。
また、日本に対しても、拉致問題の「先行解決」というカードを切ってくる可能性がある。
しかし、韓国には敵対的な行動をとる可能性が高い。サイバー空間で朴槿恵(パククネ)政権を中傷し、韓国世論を分裂させるとともに、南北を分かつ黄海上の北方限界線(NLL)の南方海域への砲撃や、航空機によるNLLの越境など、局地的軍事行動で揺さぶりをかけてくることもありうる。
経済政策では混乱が見られるかもしれない。「人民の生活向上」をスローガンに掲げた経済運営は今後、張氏に代わり、朴奉珠(パクポンジュ)首相が行う可能性が高い。朴氏は、地方工場の支配人からスタートした現場たたき上げのテクノクラートである。03年にも首相に就任し、北朝鮮経済の改革に取り組んだ。だが、その積極的な改革姿勢が批判され、07年に解任された。
経済分野においては軍や党、特殊機関などの利権が激しく衝突する。朴首相がどこまで影響力を発揮して、秩序だった経済政策の意思決定を行えるかは不透明だ。張成沢氏処刑の影響を受け、「第2の張」になることを警戒し、朴氏が果敢な改革ドライブに踏み切れないことも考えられる。
また、金正恩氏は経済の全体像を見ないまま、遊園地やスキー場の建設、バスケットボールの振興など、個人的な嗜好(しこう)にこだわる傾向を見せてきた。こうした傾向が続けば体系的な経済運営は困難となり、最近設置された「経済開発区」など、改革への動きは不調に終わることになるであろう。
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政策研究大学院大学准教授。専門は安全保障、外交政策。筑波大学卒業、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院修士・博士(国際関係学)。旧防衛庁防衛研究所などをへて現職。北朝鮮をめぐる外交・安全保障に詳しい。近著に「北朝鮮 瀬戸際外交の歴史」(ミネルヴァ書房)。
※本論考は朝日新聞のAJWフォーラムより収録しています
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