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繰り返される? 五輪で呪われた英雄の悲劇(上)――リプニツカヤと血塗られた記憶

大野正美 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

 ロシアのユリア・リプニツカヤさん(15)は、ソチ冬季五輪で現れた女子フィギュア・スケート界の新しいスターだ。

ソチ五輪のフィギュア団体でロシアの金メダルに貢献したユリア・リプニツカヤ拡大ソチ五輪のフィギュア団体でロシアの金メダルに貢献したユリア・リプニツカヤ
 団体戦で長い足を垂直に上げながら高速で回転する「キャンドル・スピン」など、柔軟な身体を生かした高度な技を完璧に演じ、ロシアの金メダル獲得に貢献したのを覚えておいでの方も多いだろう。さいたま市で3月26日に始まる世界選手権にも出場する。

 ソチ五輪のフィギュア団体でリプニツカヤさんがもたらした金は、母国ロシアにとって初のものでもあった。

 この五輪で初めての競技観戦に来ていたプーチン大統領は、リプニツカヤさんのフリー演技直前に会場に姿を現し、勝利の確定後には直接その頬をなで、「よくやった」とほめ、満面の笑みでたたえた。この瞬間に選手団最年少のリプニツカヤさんは、ロシア国民の若き英雄となった。 

 実は、そのリプニツカヤさんは五輪の間、母国ロシアで政治がらみの激しい議論に巻き込まれていた。

 発端は、団体戦の翌2月10日にロシアの著名な反政権派の風刺作家ビクトル・シェンデロビッチ氏(55)が、独立系ラジオ「モスクワのこだま」のネット版に掲載した「プーチンと氷上の女の子」と題するコラムだった。

 ここでリプニツカヤさんを、1936年8月に開かれたベルリン五輪の砲丸投げで、ドイツ男子陸上初の金メダルをもたらしたハンズ・ベルケにたとえた。

 反対派や言論を封殺し、独裁体制をすでに固めていたナチス第三帝国が威信をかけて開催したベルリン五輪で、25歳の警察官だったベルケはたちまちドイツ国民の英雄となり、ヒトラーにも称賛された。

 ベルリン五輪直前の36年3月、ヒトラーはベルサイユ条約が非武装地帯と定めた独領ライン河沿いのラインラントにドイツ軍を進駐させ、対外強硬策の口火を切った。五輪後も38年3月のオーストリア併合を経て、同年9月にはドイツ系住民の保護を口実にしてチェコスロバキアのズデーテン地方を併合する。こうした強硬策を続けたあげく、39年9月にはポーランドに侵攻して第2次世界大戦を引き起こした。

 第2次大戦中、ベルケは武装親衛隊に属し、43年3月、旧ソ連ベラルーシ戦線のハティニ村で勤務中にパルチザンに殺害された。「英雄の死」に怒り狂った独軍は、地元の村人を家屋の中に閉じ込め、 ・・・ログインして読む
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筆者

大野正美

大野正美(おおの・まさみ) 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

1980年、朝日新聞社入社。水戸支局、外報部、東京社会部などを経て、1986年からサンクトペテルブルクに留学、モスクワ支局勤務は3回計11年。論説委員、編集委員、国際報道部・機動特派員を経て、現在は報道局夕刊企画班。著書に『メドベージェフ――ロシア第三代大統領の実像』『グルジア戦争とは何だったか』(いずれもユーラシア・ブックレット、東洋書店)など。

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