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[3]大統領の謝罪、「ごめんなさい」と「キリキリ文化」

伊東順子 フリーライター・翻訳業

 珍島沖の旅客船事故から1か月が過ぎた。船長以下4人には殺人罪、実質的オーナーにも逮捕状、検察による海洋警察への捜査など、事故をめぐる具体的な責任追及が進む中、完成間際のマンションが大きく傾いたというニュースが飛び込んできた。V字型になってしまった2棟のマンション。

 「ビルが裂けた!」

 びっくりした小学生がスマホの画像を見ながら話しているのを聞いた。それはまるで「韓国の亀裂」を象徴するかのような景色だった。

 マンションはその1週間後に大方の予想を超えて完全倒壊し、その日を前後して5月17日には光化門で3万人の追悼市民集会が開かれ、19日には朴大統領の国民向け謝罪談話が発表された。集会に集まった市民は「亡くなった子供たちに申し訳ない」「大人たちのせいでこんなことになった」と涙ながらに語り、大統領もまた「事故の責任は自分にある」と国民に向けて頭を深くたれて謝罪した。

「韓国人は本当に反省しているのですか?」

 その謝罪風景を見ながら、韓国在住の日本人の中には違和感をもった人もいた。

 「韓国の人は本当に反省しているのでしょうか? 市庁前広場にも大きくミアナムニダ(ごめんなさい)と出ていますが、なんか嘘臭く感じる。だって交通ルールとか相変わらず出鱈目ではないですか」

 私も事故直後にいつもと変わらぬ傍若無人のドライバーたちを見て、思わず「韓国の人たちは本当に反省しているのか。あるいは被害者意識が強すぎて自分たちが加害者になる可能性が考えられないのか」とツイッターでつぶやいた。少々きつい韓国語で書いたのだが、またたくまに過去最高のリツート数となり、それなりに共感を得たのかなと思った。

 でも最近になって、それ以前の問題があると気づいた。

 韓国の人々は道路が安全である状態を知らない。経験がないのだ。だからどうしていいのかわからない。

ソウルの中心部で旅客船沈没事故の犠牲者を悼み、真相究明などを求める市民ら拡大ソウルで、旅客船沈没事故の犠牲者を悼み、真相究明などを求める市民たち=2014年5月17日
 日本だって昔はそうだった。1980年代の半ばにアメリカから帰国した時、日本人ドライバーのマナーの悪さにとても驚いた。その後、姑息なまでの取り締まり、これでもかという罰金の値上げなどで、少しずつルールも定着していった。日本人だって莫大な罰金の代価として、多少まともな秩序を手に入れたに過ぎない。

 また、韓国人の激しい怒りや嘆きの表出も誤解を招くようだ。「泣き女の伝統もある国だし」と私に言った人もある。そういう人々は炭鉱事故で嘆き悲しみ、即座に政府に抗議するトルコの人を見ても同じことを思うのだろうか。

亡くなった民間ダイバーは52歳、高2の父

 韓国人の悲しみも嘆きも嘘ではない。いや、日本人が想像する以上に彼らは傷ついている。長い間韓国で暮らした私は、彼らが思春期の少年少女のように多感なのを知っている。そしてそれこそが問題でもある。

 珍島沖の事故現場で救助活動中に亡くなった民間ダイバーの友人という二人に会った。「あいつは行ってはいけなかった」という。

 「最近潜ってなかったのに、あんな潮の急な所へ行くなんて……」

 亡くなった民間ダイバー、イ・グァンオクさん(52)には、今回の事故で犠牲となった高校生と同じ年の息子がいた。だから居ても立っても居られなかったのだという。

 二人の友人は、亡くなったダイバーの高校の同級生だった。「馬鹿なやつ」と言いながら、スマホの写真を見せてくれた。セピア色の写真は学生服の高校生、まるで自分の同級生を見ているみたいで泣きそうになった。「韓国人の悲しみ方を大げさだ」という日本人に、私は彼の話をしている。珍島の現地にかけつけた多くのボランティアも、追悼の場で涙を流す人たちも、その多くはこういう優しい人たちなのである。

 ところで、このイ・グァンオクさんの名前が、5月19日の大統領謝罪談話に出てきた。朴大統領は約25分の談話の最後に、今回の事故で他人の犠牲となって亡くなった人々の名前を一人一人読み上げた。

 そして最後に「民間潜水士の故イ・グァンオクさんの姿に、大韓民国の希望をみました。私はこのような方々こそ私たちの時代の本当の英雄だと考えます」と締めくくったのである。

大統領談話のキリキリ文化とは?

 朴大統領の謝罪談話は、日本のマスコミでも取り上げられ、専門家のコメントも寄せられていた。そこでは問題にされていなかったが、私はこの談話の最後の部分と、この時の朴大統領の表情がもっとも印象的だった。

 ここで大統領は涙を浮かべた。反政府系の人々の中には「ウソ泣き」という人もいた。

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筆者

伊東順子

伊東順子(いとう・じゅんこ) フリーライター・翻訳業

愛知県豊橋市生まれ。1990年に渡韓。著書に『韓国カルチャー──隣人の素顔と現在』(集英社新書)、『韓国 現地からの報告──セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)など、訳書に『搾取都市、ソウル──韓国最底辺住宅街の人びと』(イ・ヘミ著、筑摩書房)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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