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[6]「急迫、不正の事態」でなくとも、自衛権を行使できるのか

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

 

*本稿は6月23日に脱稿したものです。

驚愕の自民党新提案――集団的安全保障でも武力行使

 安倍内閣は閣議決定を急いで公明党に圧力をかけ、与党協議で座長の高村副総裁が閣議決定の私案を示した(6月13日)。そしてついに公明党も妥協する方向に舵を切って、合意をめざして党内調整を始めた。政府も国会会期内での閣議決定はあきらめて与党協議を続けることにし、公明党とその内容について議論を行っている。

 ところが、驚くべきことに、自民党側は突然、公明党に、集団的自衛権だけではなく集団安全保障における武力行使ができるような案を示した(20日)。これは、安倍首相自身が記者会見で明言した方針に正面から反している提案なので、当然ながら、これに公明党は猛反発した。自民党のこのような新提案やその提示の仕方には、心底から驚愕せざるをえないが、まずは集団的自衛権に関する自民党案から検討していこう。

武力行使の新3要件案――集団的自衛権行使の容認

 高村氏が私案として示した「自衛権発動の『新三要件』」は次のようなものと報じられ、その後、閣議決定案の概要も明らかになった。

 憲法第9条の下において認められる「武力の行使」については、
(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるおそれがあること
(2)これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
 という三要件に該当する場合に限られると解する

 つまり、前述の個別的自衛権の発動の3要件の中で、「日本に対する急迫不正の侵害が存在する」をこの(1)に変えるというわけである。この文章は、先述した1972年の「資料」を基礎にしている。そこでは、我が国の「存立をまっとうするため」に、「あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権限が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処」するための措置として、個別的自衛権の行使が許されるとしていた。

 これに対して、ここではまず、日本に対する武力攻撃だけではなく、他国に対する武力攻撃をあげている。おそらく公明党に配慮して、「集団的自衛権」という言葉は入れてはいないものの、実際には「個別的自衛権」だけではなく、「集団的自衛権」の行使を明確に容認するわけである。これは、「必要最小限の実力行使」なら集団的自衛権の行使は認められるという自民党の考え方を反映している。

 前述(本稿「【集団的自衛権行使は許されるのか(3)】 違憲判決と自衛権の正統化」)のように、高村副総裁は砂川最高裁判決が自衛権の存在を認めたことを根拠として、集団的自衛権行使の限定容認を可能と主張した。高村副総裁は自らこの主張の通りの閣議決定案を示したわけである。

 さらに、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される……」という部分は、72年資料の中から、公明党が集団的自衛権行使の範囲を限定するために入れることを提案したものと報道されている。

 ただ、72年資料では、「根底からくつがえされるという急迫、不正の事態」であったのに対し、高村私案では、「根底からくつがえされるおそれがあること」となっており、「急迫、不正の事態」を「おそれがあること」に代えている。これは、集団的自衛権が行使できる範囲をなるべく広げるためである。

 「急迫、不正の事態」ならば、そのような深刻な「事態」が現実に生じている時にしか、集団的自衛権を発動できないことになる。これに対し、「おそれ」ならば、現実にそのように深刻な「事態」が生じていなくとも、「おそれ」があれば発動できることになるからである。

 「おそれ」は主観的な観念だから、客観的な「急迫、不正の事態」よりも、人ごとに判断が大きく異なってくる。客観的にはさして深刻な事態でなくとも、政府が「おそれ」を感じれば、集団的自衛権行使の行使を決断するということになりかねないのである。

 現実に、公明党は、日本人を乗せた米艦の防護などに集団的自衛権の行使を限定しようとしているのに対し、自民党側は、「おそれ」という言葉を入れれば、日本人が乗っていない米艦の防護や、中東などのシーレーンの防衛にも用いられると考えている。そこで、公明党は「おそれ」という文言をなくすように与党協議で主張している。

 いずれにせよ、もともとの72年「資料」では、「急迫、不正の事態」に個別的自衛権行使を可能としているだけで、集団的自衛権行使は、日本に対する「急迫、不正の侵害」ではないから行使はできない、と明言していた。だから、この閣議決定案は、それと根本的に矛盾し、これまでの公定解釈を根本から変更するものであることは言うまでもない。

個別的自衛権行使の要件も緩和?

 しかも、メディアはあまり報じていないように思われるが、この高村私案では、集団的自衛権行使を容認しているだけではなく、個別的自衛権の要件も大幅に緩和するように解釈できる可能性がある。

 まず、従来は「急迫、不正の侵害」に対してのみ個別的自衛権行使を可能としていたのに対し、この文言がなくなっている。また、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」が、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるおそれがあること」にも続いていると読めば、個別的自衛権に関してもこのような「おそれ」で武力行使が可能という意味になってしまう。

 日本文としてはこのような解釈は不自然だが、読み方次第では深刻な意味を持ってしまう。日本の公定解釈においては、個別的自衛権行使においては「我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生した時」を第一要件としているから、個別的自衛権行使をあくまでも武力攻撃に対する反撃に限定してきた。この際、「急迫不正の侵害」と「武力攻撃発生」は同じと考えられている。

 問題は、高村私案が個別的自衛権行使について今まで通り「武力攻撃発生」を「急迫不正な侵害」と考えているのか、どうかである。そうでないのならば、日本は「急迫不正の侵害」でなくとも、日本に対する武力攻撃が発生して、上述の「おそれ」があると認定されれば、個別的自衛権の行使を行うことができることになりかねない。

 たとえば、北朝鮮の拉致問題を参考にして、ある国の軍隊の一部(秘密工作部隊)が日本に潜入して、国民の人権を侵害する何らかの活動を行ったと仮定しよう。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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