メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

若い世代の「権利と義務」はセットで考えるべきことか?

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 先の記事「今、若い世代が立ち上がる!――ACT18の挑戦」で報告した「ACT18」のイベントにおいて、安倍総理のビデオメッセージがあったことを紹介した。

 安倍総理はそのメッセージのなかで、選挙権年齢の引き下げがあれば、「若い人が、政治に興味を持ち、問題意識をもち、参画してくれることを確信しています」と述べたが、選挙権年齢引き下げの議論においては、「権利だけでなく、義務も議論してほしい」とも要望した。

 筆者は、この話を聞いたとき、一般的には「権利と義務」はセットで考えるべきだということは理解しているつもりだったが、何となく腑に落ちないというか、納得できないような気がした。そして、なぜそのように感じたのか、よくよく考えてみた。そしていくつかのことに思い当たった。

 現在の日本国憲法では、国民の三大義務は、(1)保護する子女に普通教育を受けさせる義務(26条2項)、(2)勤労の義務(27条1項)、(3)納税の義務(30条)であると規定している。

 子どもがいなければ(1)の義務はなく、ここでは(1)は除くとして、(2)(3)の、仕事をして収入を得て、納税するという義務について考えたい。

 日本でも、以前は納税額による制限選挙が行われていたが、約90年前の1925年、加藤高明内閣の時に、普通選挙法が制定された。これにより、納税要件が撤廃され、日本国籍を有し、内地に居住している満25歳以上の成年男子に選挙権が与えられたのである。その結果、男子だけではあったが、納税していなくても、選挙権が与えられるようになったのである。

 そして戦後は、日本国憲法の第15条3項および第44条但書で規定されているように、性別の制限もなくなり、年齢を除いた制限のない普通選挙が行われるようになったのである。これにより、納税していなくても(勤労はしていなくても納税はできるので、勤労のあるなしにかかわらず)、つまり憲法上の義務を果たしていなくても、選挙権が与えられるようになったのである。

 つまり、少なくとも選挙権という権利においては、「権利と義務」は必ずしもセットで考えないようになったのである。

 したがって、選挙権において義務を課すのはおかしなことであり、選挙権を与える年齢を何歳にするかということだけを議論すればいいのである。実際、ほとんどの国では、選挙権年齢は18歳以下である。

 今の若い世代は、すでに様々な社会的活動を通じて、社会に貢献している者が多くいるという事実がある。これは、筆者が高校生や大学生であった時とは比較にならないくらいに広がっていることを日々実感している。

 それを知るために、10代・20代の若者の実例として、ACT18の共同発起人の方々の活動や活躍をみてみよう。

・・・ログインして読む
(残り:約1344文字/本文:約2492文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学客員教授(政治学)

城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授。1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

鈴木崇弘の記事

もっと見る