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イラク情勢とトルコの大統領選挙(上)――カギを握るクルド人

高橋和夫 放送大学教養学部教授(国際政治)

エルドアンの切り札

 トルコのアブドゥラー・ギュル現大統領の任期が、この8月28日で満了する。それに先立つ8月10日に、国民の投票で新たな大統領が選出される。

 この投票で過半数の票を獲得する候補者がいない場合には、8月24日に2回目の投票が行われる。1回目の投票で得票数上位二人の候補者の間で決選投票となる。なおトルコで大統領が国民の投票によって選ばれるのは初めてである。

ウィーンの集会で19日、オーストリア在住のトルコ系住民に語りかけるトルコのエルドアン首相=2014619.訪欧し、オーストリアのウィーンで在住トルコ系住民に語りかけるエルドアン首相=2014年6月19日
 候補者として与党の公正発展党は、現首相レジェプ・タイイプ・エルドアンを立てている。ライバルは、野党の共和人民党と民族主義者行動党の共同候補エクメレッディン・イフサンオールと人民の民主主義党の共同代表セラハッティン・デミルタシュの二人である。

 エルドアンは、公正発展党の党首として2002年から一貫してトルコを指導してきた。

 この間にインフレを抑え込みトルコ経済を成長軌道に乗せた。エルドアン候補は、圧倒的な優位に立っている。問題は8月10日の1回目の投票で過半数を獲得できるかどうかである。

 今年3月に行われた地方選挙ではエルドアンの公正発展党が、勝利を収めた。しかし得票率は約45.5パーセントであった。50パーセントには、わずかに届かなかった。4.5パーセント足りなかった。

 大統領選挙でのエルドアンの勝利は動かないと予想されている。しかし1回目の投票で過半数を取って、すっきりとした勝利を収めるには、あと4.5パーセントの票の上乗せが必要である。いかにすればエルドアンは、残り5パーセントほどの票を積み増せるのか。そんな手はあるのか。

 エルドアンは、実は2枚の切り札を握っている。いずれもクルド人がらみである。

 まず1枚目の切り札から説明しよう。エルドアンは、クルド人の票を狙っている。クルド人は、トルコ、イラク、イラン、シリアなどの国境地帯に生活する民族で、その総人口は3500万人ほどと推定されている。つまりイラクの総人口くらいの規模である。そしてトルコの人口の4分の1はクルド人である。トルコの総人口が7600万であるから、その4分の1ならば、クルド人口は1900万となる。

 第一次世界大戦後に中東の地図が英仏の都合によって引かれた。クルド人は自らの国を求めたが、英仏の「都合」にはクルド人の希望は入っていなかった。どこにもクルド人の国のためのスペースはなかった。クルド人が各国に分かれて生活している背景である。

 さてオスマン帝国の廃墟にトルコ共和国が建国されて以来、トルコではトルコ人しかいないという虚構が国家の公式なイデオロギーとされてきた。クルド人は存在を否定され、その民族性の表現を禁じられてきた。クルド語の使用さえ、長年にわたり非合法であった。

 これに対してクルド人の独立を求めて立ち上がったのが、PKK(クルディスターン労働者党)である。1970年代末からPKKはトルコ政府軍との間でゲリラ戦を展開してきた。

 エルドアンは、クルド人との和解へと動き始めた。まずメディアでのクルド語の使用を許可するなどクルド人の文化の表現を認めた。またPKKと停戦交渉に入った。文化や政治の面ばかりでなく、経済の面でもエルドアンはクルド人地域の発展のために力を尽くしてきた。

 クルド人の生活するトルコ東部は伝統的に貧しい地域として知られてきた。しかし、この地域に繁栄の光が届き始めた。一つの背景は、

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