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韓国の旅客船沈没 「無限責任」問われる大統領

鞠 重鎬(クック ジュンホ)/横浜市立大学教授(経済学)

 ある社会で衝撃的な出来事が起きると、普段は見えない断面が浮かび上がってくる。韓国で300人余りの犠牲者を出した4月の旅客船沈没事故でも、外国人には分かりにくい、この社会特有の一面が映し出されただろう。

AJWフォーラム英語版論文

 

 事故で明らかになった船の検査態勢、官界と業界の癒着など、政府の責任が大きいのは確かだ。それは朴槿恵(パク・クネ)大統領だけではなく、歴代大統領にも責任があるとみるのが論理的だろう。しかし韓国人には、そうしたロジックを超えて現職大統領に「無限責任」を追及したくなる心理が働く。朴大統領も「事故にきちんと対処できず、最終責任は私にある」と述べたのだった。

 韓国では過去にも大事故が起きるたびに、理不尽とも言えるほど、現職大統領は厳しく責任を追及されてきた。1994年の聖水大橋の崩落、翌年のソウルの百貨店崩壊、2003年の大邱・地下鉄放火のときなどだ。

 それは、かつて長く続いた王制と関わりが深いと思う。韓国の民主政治の歴史は1980年代後半からの20年にも満たないが、王朝は高麗や朝鮮など合わせて千数百年も続いた。

 日本の天皇は、一時期を除けば、権威の象徴だった。しかし韓国の王は、権威と権力を一手に握り、ときに大なたを振るう。凶作や伝染病さえも王の「不徳の致す」ところとされた。こうした政治文化を背景に、人々は、現代の最高権力者である大統領に、限りない責任を求めるのだ。

 沈没事故で海洋警察庁の救助態勢に問題があったという。それなら、まずは現場指揮官の責任が問われるべきだ、というのが論理的かもしれない。しかし朴大統領は、海洋警察庁の組織そのものを一挙に解体することを表明した。民の心を慰め、政界でイニシアチブを保つためには、現場責任を問うだけでは済まされない、と判断したのだろう。福島原発事故の際に、日本の政官界が一介の民間会社である東京電力に振りまわされたのとは対照的だ。

 韓国では会社や宗教団体でも頂点に立つ者が、絶大な権威と権力でヒト・モノ・カネを一手に握る。アメリカのトップの地位は、「契約」に基づくものだろう。日本のトップは、部下の意見をよく聞き、調整する「まとめ役」だ。いずれも対照的なイメージだ。

 真っ先に逃げた船長の責任感のなさにはあきれた。報道によると、船長は正社員でもなく、船会社の事実上のオーナーで新興宗教の教祖の操り人形に過ぎなかった。韓国では誰が頂点に立つかが決定的に重要なのだ。

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鞠 重鎬(クック ジュンホ) 横浜市立大学国際総合科学部教授。1962年、韓国生まれ。ソウルの高麗大学、一橋大学で経済学博士号を取得。専門は経済学、財政学。