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消えた「不戦の誓い」

全国戦没者追悼式で式辞を述べる安倍晋三首相=15日午前11時56分、東京都千代田区の日本武道館.拡大全国戦没者追悼式で式辞を述べる安倍晋三首相=2014年8月15日、日本武道館.
 終戦記念日に安倍首相は靖国神社への参拝を見送ったが、3人の閣僚が参拝した。そして、全国戦没者追悼式における式辞で、首相は「世界の恒久平和に、能(あた)うる限り貢献する」とは述べたが、2013年と同様、歴代首相が表明していたアジア諸国に対する加害と反省や、「不戦の誓い」の言葉は述べなかった。

 敢えてこれらの言葉を省略するというのは、明らかに意識的な行為である。やはり、首相は「開戦」の可能性を念頭においているのだろう。

超国家主義化という仮説

 もし、前稿で述べたように安倍政権の目指す体制変革を「右翼的体制変革」ではなく「準極右的体制変革」とみなすならば、その行き着く先として、通常の国家主義的政治体制ではなく、「戦前」日本の「超国家主義的」政治体制を想定することも理論的には可能だろう。

 もちろん現在の安倍政権はそこまでの政治的主張はしていないが、このような仮説を立てて、そこからの距離を測ることは有意義だろう。

 「戦前」日本の軍国主義的政治体制について、戦争直後に最も鋭い分析を加えたのが、政治学者・丸山眞男の超国家主義論である。「超国家主義(ウルトラ・ナショナリズム)」という言葉を用いているのは、彼が海外と同様に日本にも健全なナショナリズム(国家主義・国民主義)は存在することを認めているからであり、それと区別するためである。

 そこで、以下では、民主主義で立憲主義的なナショナリズムと区別して、極右的で非民主主義的・非立憲主義的な国家主義を「超国家主義」と呼ぶことにしよう。

 戦前日本の超国家主義においては、国家神道に基づく天皇制をその精神的機軸としていた。多くの人びとは、天皇を現人神と信じて、天皇のために戦地に駆り出され死んでいった。それに対して、安倍政権は国家神道に基づく天皇制を体制変革の機軸にしてはいないから、その目指す体制変革の内容は、「戦前」の政治体制とは距離がある。

 しかし、だからといって、そういった方向に向かう危惧が皆無とは言えない。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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