2014年08月21日
米軍のトップ、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長が8月6日、強引に「直訴」しなかったら、オバマ大統領はイラクでの空爆を決断していなかっただろう。
国務省からホワイトハウスまで、車中でのわずか5分間。デンプシー議長はイラクの過激派「イスラム国(IS)」がクルド人勢力を襲って、クルド人自治区の首都アルビルに迫り、大量殺戮の可能性に加え、米領事館に危険が及ぶ恐れがある、と強調したという。
大統領は国家安全保障会議(NSC)での議論を経てISに対する「限定的な空爆」を発表した。7日夜の演説では「イラクで再び戦争に引きずり込まれることを認めない」と目標を定めた作戦であることを強調した。
しかし、限定的空爆に加えてイラク首相を強権的なマリキ氏からアバディ氏に交代させても、イラク情勢は好転しない。当面の危険を回避する対症療法でしかないからだ。
このままでは、中東全体が戦火に巻き込まれ、米本土が再びテロに襲われる恐れもある。米議会調査局(CRS)の最新の報告書「イラク危機と米政策」はイラクが「地域および米本土に対するテロ攻撃の基地となる可能性」を警告している。
だが、こうした危機を回避する戦略はオバマ政権には期待できまい。このままでは、イラクは米国が主導してきた世界秩序「パクス・アメリカーナ」の墓場になるかもしれない。米国が、世界をリードする長期的な外交戦略を欠いているからだ。
ニクソン政権のベトナム撤退と、38年後のオバマ政権のイラク撤退を比較することによって、オバマ政権の無策ぶりを如実に示すことができる。
ベトナム、イラクの両方のケースとも、長期戦に伴う米経済の疲弊、さらに厭戦気分のまん延といった状況は共通している。また、米軍撤退後をにらんで、ベトナムでは「ベトナム化」を標榜して南ベトナム軍を強化し、イラクでもイラク治安部隊を養成して、その上で米軍が撤退した経緯は同じだ。
大きい違いは、
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