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国会周辺でデモをする自由(上)――「高市発言」が示した”徴候”

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

  「全体主義的支配はその初期の段階においては一切の政治的反対派の排除を比類のない徹底性をもっておこなおうとし、そしてその完了の後にはじめて全体主義的秘密警察の機能発揮の条件が整うのである」(ハナ・アーレント、大久保和郎・大島かおり訳『全体主義の起源 3 全体主義』みすず書房、1974年、208頁)

高市早苗・自民党政調会長拡大高市早苗・自民党政調会長
 自民党の高市早苗政調会長といえば、内閣府特命担当大臣もつとめた当選6回の大ベテランだ。

 2007年、当時の厚生労働大臣だった柳沢伯夫衆院議員が「女性は産む機械」などと、政治家である以前に人として許し難い発言をしたさいには、自民党内から柳沢厚労大臣に対して政治家として真っ向から大変勇気ある反論を行ったことは、記憶に新しい。

 当初、リベラルな政治活動をはじめた高市政調会長は、1994年の自由党旗揚げ時には、同党にも参加している。のちに自民党へ入党し、当時故三塚博衆院議員が領袖であった清和政策研究会に在籍していたこともある。

 こうした経歴の持ち主の高市政調会長が、平沢勝栄衆院議員を座長とした在日韓国・朝鮮人らを対象にしたヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)に対処するための「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム(PT)」に参加するとあって、多くの期待が高まった。

 自民党が8月28日に開いた初会合で、高市政調会長は「口汚い言葉でののしるのは、誇りある日本国民として大変恥ずかしい。人種差別的な言論は(国際的に)法規制の流れになっている」と述べ、ヘイトスピーチに対する規制の必要性を強調した。

 だが、同会合で高市政調会長は、ヘイトスピーチとはまったく関係のない官邸前や国会周辺で行われている抗議行動について「国民から負託を受けているわれわれの仕事環境も確保しなければならない」と述べ、さらに「仕事にならない状況がある。仕事ができる環境を確保しなければいけない。批判を恐れず、議論を進める」と指摘した。

 くわえて同会合では「反原発のデモなどは規制の対象にならないのか」との意見も出たとも報じられている。

 当たり前のことだが、国会前、官邸前での抗議は、国連の人種差別撤廃委員会が8月29日、日本政府に対応を勧告した一連の人種差別的な街宣とはまったく別次元のものである。

 議会に対するデモや誓願行為は、国民の憲法上の権利だ。自分の政権に都合が悪い声をヘイトスピーチの問題にねじ込んで、どさくさに紛れて規制するのは言語道断であり、全く次元が違うものを同じ俎上に載せることは、憲法が保障する言論の自由に対する弾圧ではないかと、多くの人々は感じたことだろう。

 実際に「国民が声を上げる手段さえ封じ込めようというのか」「通行の邪魔をしたり、警察の規制を突破したりもしない。騒音やヘイトスピーチと一緒にしてもらっては困る。耳を立てて一般の声は聞くべきだ」「政府への正当な批判と人種差別的な行為との区別をできない人が政権党にいることに、怒りと恐怖を感じた」との声も抗議参加者からあがった。

 こうした抗議の声からだろうか、それとも2度目の入閣の妨げになると考えたからか、高市政調会長は9月1日になって、国会周辺でのデモ等について「新たな厳しい規制を設けるような法的措置は考えていない」とするコメントを急遽発表するに至った。

 事実上の発言撤回である。

 この高市政調会長の迅速な政治判断は大いに評価したいが、たとえ沈静化を狙う意図のコメントを発表したにせよ、政権与党政調会長による当初の、「言論弾圧」をちらつかせているとも受け取れる発言が、国民を萎縮させる効果を持ったことは云うまでもない。

 その意味で冒頭に引いた哲学者ハンナ・アーレントの『全体主義の起源』の一節は、今回の高市政調会長による一連の発言を考える上で示唆的であろう。

 アーレントは、ナチス政権下のドイツとスターリン独裁下のソ連で全体主義が政治を侵食してゆく様について、「その初期の段階においては一切の政治的反対派の排除」を行うのであり、しかもその執行は「まったく無関係におこなわれる」と警鐘を鳴らしている。

 現在、原発の再稼働を急く自民党の多数派にとって、国会周辺や官邸前の脱原発デモ、特定秘密保護法や集団的自衛権行使に反対する大きな声は、まさに可視化された「政治的反対派」そのものだ。

 このような可視化された現在の自民党に反対する人々の声は、戦後でいえば片面講和への反対、60年安保や70年安保などの安保闘争やスト権スト、三公社民営化反対などの戦後日本政治のいくつかの曲がり角を除けば、歴代の橋本政権、森政権や小泉政権、そして第一次安倍政権や麻生政権下でも起こらなかったことである。

 人々が金曜の夜や土曜休日に、雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、日々の仕事で疲れた身体を休めるのではなく、わざわざ国会前や官邸前に我が身を持ってきているのだ。脱原発の抗議に限って云えば、すでに毎週の抗議行動はすでに5月2日にはすでに通算100回を超え、現在でも毎回数千人規模での抗議行動が行われている。

 これらの継続的な声は、やはり今の自民党政治の議会運営が強引であり、国民の納得を十分得られていないこと、それはつまり、自民党政治がうまくいっていないことの表れだ。官邸前や国会周辺に集まる人々の声は、今の政治の鑑(かがみ)なのである。与党政治の強引な議会運営が、人々を出来させているのだから、与党側は国民に時間をかけ、しっかりと語りかけて説得をせねばならない。

 そのためには、まず国民が何を不満に感じ、何を求めているのかについて、真摯に国民の声を甘んじて耳を傾けるのが民主政治であって、うるさいから声を消しさってしまえというのは、民主政治そのものを消しさってしまえと云っているに等しい。

 振り返ってみれば、自民党の新憲法案では公共の秩序維持のためには表現の自由の制限も許されるとし、また自民・石破茂幹事長が「デモはテロ」と発言したのは、つい2013年11月末のことだ。その意味でこれら一連の動きの延長線上に、今回の高市政調会長の発言も位置づけられるだろう。

 だが、自身にとって耳が痛い国民の声は規制して消音してしまえと云うのは民主主義の原則に反する政治の側の専横であり、それはまさに、かつてアーレントが警告した、全体主義の初期の段階における「一切の政治的反対派の排除」の徴候に他ならないのである。(つづく)

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筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

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