2014年09月23日
9月18日にスコットランドで行われた英国からの独立の是非を問う住民投票では、反対が200万1926票(55・25%)、賛成が161万7989票(44・65%)で独立反対派が過半数を占めた。
英国の正式名称は、「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国(the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)」で、略称はUKになる。日本外務省で、外交行事のときは「連合王国」という略称を用いる。
また、アイルランド人という民族はいるが、北部アイルランド人という独自民族は存在しない。
国家に民族を意味する名称が入っていないのは、バチカン市国と英国だけだ。
その意味で、英国は、近代的な国民国家とは異なった原理で構築されている国家である。女王(王)に対する忠誠を軸に、イングランド、ウエールズ、スコットランド、北アイルランドの4つの地域が連合して国家を形成している。
こういう事情があるので、イギリスの行政は地方に分散し、政党・国会議員が国家的規模での課題に取り組むという分業がなされている。英国政治に詳しい山口二郎法政大学大学院教授は、
<イギリスの政治においては、政治の集中と行政の分散の組み合わせによって特徴づけられる(サッチャー時代に、地方自治体に対する中央政府の干渉は強められたが)。住民にとって身近なサービスについては地方自治体が自立的に政策を作り、実行する。その意味では、行政は分散している。他方、政党・国会議員は国民全体に広く関係する包括的な課題、社会保障、教育、環境、外交などに関心を集中し、活発に論争している。このような状態が政治の集中である>(山口二郎『イギリスの政治 日本の政治』ちくま新書、1998年、20頁)
と指摘する。
しかし、スコットランドでは、従来の英国型政治が機能しなくなっている。2011年5月5日に行われたスコットランド議会選挙では、スコットランド国民党(SNP)が第1党になった。国民党が過半数の議席を獲得したのは初めてのことだ。なお、この選挙における各政党の獲得議席数は次の通りだった。
スコットランド国民党 69議席
労働党 37議席
保守党 15議席
自由民主党 5議席
緑の党 2議席
その他 1議席
2011年のスコットランド議会選挙の結果、国民党のアレックス・サモンド党首が、スコットランド首相に選出(再選)された。この政党は、スコットランドの民族主義を強調し、反イングランド主義の姿勢を鮮明にしている。
第二次世界大戦中は、徴兵拒否運動を展開した。こういう運動が起きる背景には、1707年にイングランドとウエールズに併合されるまで、スコットランドは、独立した王国だったという経緯がある。連合王国としてのスコットランドは、長いスコットランド史の中の直近300年に過ぎないという自己意識を多くのスコットランド人が持っている。
今回の住民投票は、2011年のスコットランド議会選挙で英国からの独立の是非を問う住民投票の実施を公約に掲げたスコットランド国民党(SNP)が過半数の議席を制して勝利したことを受けて、英国の中央政府とスコットランド自治政府が2012年10月に署名した「エディンバラ合意」に基づいて行われた。
<有権者登録した約430万人は、登録資格のある人の97%ともいわれる。最終的な投票率は84・6%に上り、住民の関心の高さをうかがわせた。
世論調査で独立反対派は一時、賛成派にリードを奪われたものの、キャメロン首相の与党保守党など英政界の主要3党首がスコットランドに入り、自治権のさらなる拡大を誓約するなど、土壇場の引き留め策を展開。これが奏功したのか、直後の調査以降、小差ながら再びリードを取り戻した>(9月19日『朝日新聞デジタル』)
今回の住民投票で注目されるのは、84.6%という非常に高い投票率だ。独立の是非についてスコットランド住民のほとんどが自らの立場を決定しているということだ。言い換えると、独立の是非をめぐってスコットランド社会が分断されているということだ。
さらに独立に反対票を投じた有権者の中には、英国政府がスコットランドの自治権拡大を約束したので、それに期待して「スコットランドは英国から独立する自己決定権を持っているが、現状ではそれを行使するには及ばない」と考えている人が相当数いる。
独立派は、スコットランド人の自己決定権を前提としている。となると、明確な数値で明示することはできないが、スコットランドの自己決定権を認める人が過半数であることが住民投票の結果、可視化された。
また、今回、英国政府のみならず、国政レベルの与野党がすべて独立に反対して「独立すると経済的に困窮するぞ」という圧力をスコットランドにかけたことに対して、独立派だけでなく多くのスコットランド人が、差別されているという不快感を抱いた。6月4日、ロンドン発のロイター通信の報道がこの雰囲気を伝えている。
<9月18日に実施されるスコットランド独立の是非を問う住民投票に向け、英政府は、レゴを使ったユーモアで英国残留を住民に呼びかける新たなキャンペーンを開始した。
政府の公式ウェブサイトなどによると、英国に残留した場合、独立するよりも年間1400ポンド(約24万円)程度の経済的な恩恵が得られるとし、その使い道の提案12例をレゴブロックで表現している。
1つ目の提案は、海外のビーチで過ごす10日間のホリデー。1400ポンドで10日間の海外旅行に2人行け、日焼けクリームも買えるとし、レゴでビキニ姿の女性がビーチに横たわり、日焼けしている様子を表現している。
ほかにも、エディンバラとグラスゴーをバスで127回往来できたり、エジンバラフェスティバルでホットドッグを280個食べられたりできるとユーモアで残留を呼びかけている。
だが、スコットランドの住民すべてがこうした提案をユーモアと捉えているわけではない。ある女性はツイッターで「よくも私たちをばか者扱いできるものだ。(独立に)反対する人がいるなんて全く理解できない」と語っている>
英国政府はユーモアのつもりだったのであろうが、多くのスコットランド人が侮辱と受け止め、独立支持が加速した。その過程で過去のイングランドとの戦争、英語の普及によってスコットランド語が衰退していったこと、第二次世界大戦中に英国の戦争に加わる必要はないと兵役拒否をしたスコットランド人に対してかけられた弾圧の記憶などが甦ってきた。
この住民投票の結果を踏まえ、スコットランド自治政府は英国政府と、北海油田からの税収分配、スコットランドに所在する英国唯一の原子力潜水艦基地の移転などの問題を交渉することになる。
両者の妥協がそう簡単に見出されるとは思えない。従って、スコットランド独立派が、英国からの分離独立を諦める可能性はない。
数年後に再度、スコットランド自治政府が英国政府に対して独立の是非を問う住民投票を行うことを提起する可能性が十分ある。英国政府は、「すでに英国残留の民意が表明されたので、そのような住民投票を行う必要はない」と拒絶するであろう。そうなるとスコットランドと英国政府の関係が再度緊張する。
今回のスコットランド住民投票をめぐって、沖縄のメディアは強い関心を示した。『琉球新報』は、エディンバラに記者を派遣して特別の報道体制を組み、9月20日の社説でこう主張した。
スコットランドの住民投票が、沖縄人の集合的意識と集合的無意識の双方を刺激している。
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