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報道の自由と民主主義を守る(上)――強まる政治の圧力

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

 われわれが確実なものとすることを追求している将来の日々に、われわれは人類の普遍的な4つの自由を土台とした世界が生まれることを期待している。
 第1は、世界のあらゆる場所での言論と表現の自由である。
 第2は、世界のあらゆる場所での、個人がそれぞれの方法で神を礼拝する自由である。
 第3は、欠乏からの自由である。
 第4は、世界のいかなる場所でも、恐怖からの自由である。
 (フランクリン・D・ローズベルト大統領、1941年1月6日「一般教書演説」より)

 アメリカ大統領フランクリン・ローズベルトは1941年の議会に向けた一般教書演説で、第二次大戦後の世界秩序構想を示した。全体主義国家であったナチスドイツが隣国をつぎつぎと併呑し、ヨーロッパを覆い尽くそうとしていた第二次世界大戦中のことである。

 一般的には「4つの自由」演説といわれるローズベルトのこの演説は、のちの大西洋憲章などにも影響を与え、戦後、われわれがいま生きている世界の原点となった。

 「4つの自由」演説で世界が目指すべき最も重要なものとして、最初に掲げられているのが「言論と表現の自由」である。それは、民主主義の政治を自認する社会で、何よりも重んじられねばならない権利だからだ。

 人々が国家から咎められることに怯えたり恐れたりせず、自分の意見を公の場で表明できる自由、そして時の為政者が振りかざす政治的権威に異議を唱え、政府の政策を正々堂々と批判できる自由は、われわれの民主主義国家と、独裁国家や全体主義国家の政治との根本的な違いだ。

 民主主義の政治では、政府与党にとってうるさくて政治運営の邪魔だからといって政治的な「制裁」という手で人々の口をふさぎ、その声を消音させてはならないし、ましてや一国の指導者や政権党がこれらの自由を抑圧する発言や行為は、絶対にしてはならない。

 この「言論と表現の自由」のなかでも、とくに政府から独立した立場で政府への権力を監視し、権力の不正義をわれわれに伝えるのが新聞等のマスメディアがもつ「報道の自由」である。

 政府にとって都合の悪い報道を制限することは全体主義への第一歩であり、権力による報道への介入によって記者やジャーナリストらを萎縮させ、報道の自律性を奪うようなことがあれば、その国の民主主義は危機的な状況にあるといえる。

 近年、民主主義国であるにもかかわらず、政府の側が報道各社に介入しさまざまな圧力をかけ、「報道の自由」の幅、すなわち民主主義の幅を狭めようとする例が目立っている。

 隣国の韓国では、産経新聞のウェブサイトに掲載された同紙ソウル支局長の記事が、朴槿恵(パククネ)大統領への名誉毀損にあたる疑いがあるとの市民団体の告発を受け、韓国のソウル中央地検が同紙ソウル支局長を事情聴取するという異常事態が起きている。しかも、韓国大統領府から同紙ソウル支局に抗議があったとも報じられている。

 筆者は、日本の極右とネオナチの関係を踏まえて、日本の「右傾化」について朝日新聞にコメントしたさい、産経新聞の「産経抄」や月刊誌『正論』から、印象論だけで批判をされ、産経新聞販売局の社員から嫌がらせを受けたこともある。

 近頃になって自民閣僚と、ホロコーストも慰安婦の存在もなかったことにしたい日本のネオナチ崇拝者や在日特権を許さない市民の会(在特会)との関係が大々的に表面化しても、まだ産経新聞社側から筆者への謝罪はない。

 それでも、報道関係者への事情聴取と大統領府からの抗議という、報道機関の自律性を損なわせかねない異常事態において、謝罪の有無に関係なく筆者は産経を擁護する。

 それは、今回のソウル地検による事情聴取と大統領府の圧力が、民主主義国家であれば遵守すべき「報道の自由」の原則を逸脱しているからだ。

衆院予算委で、慰安婦問題について自民党・稲田朋美政調会長の質問に答える安倍晋三首相=3日拡大衆院予算委員会で、慰安婦問題について発言する安倍晋三首相=2014年10月3日
 だが報道に対する政治側の圧力はけっして対岸の火事ではない。日本でも同様のことが起きている。

 9月11日に安倍晋三総理はニッポン放送の番組内で朝日新聞の報道について「個別の報道機関の報道内容の是非についてはコメントすべきではないが、例えば、慰安婦問題の誤報で多くの人が苦しみ、国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実といってもいい」と述べた。

 「コメントすべきではない」と前置きしつつも、個別の報道機関の報道内容の是非について「日本の名誉」に絡めて一国の政治指導者がコメントするというのは、軽はずみの発言ではなく、知っていてあえて「報道の自由」の原則を逸脱してみせているとしか思えない。

 安倍総理による「報道の自由」の逸脱は、9月14日のNHKニュース内で従軍慰安婦問題における、朝日新聞の吉田清治証言にもとづく記事の取り消しに関するコメントでさらにエスカレートする。

 安倍総理は「世界に向かってしっかりと取り消すことが求められている。朝日新聞自体が、もっと努力していただく必要がある」と、海外も含め周知に努めるよう求めた。

 総理と与党自民党は、すべて吉田証言のせいであるかのように喧伝しているが、すでに石原信雄元官房副長官が「河野談話作成の過程で吉田証言を直接根拠にして強制性を認定したものではない」と述べており、その主張には無理がある。

 安倍総理が本気で「日本の名誉」を回復するために慰安婦問題をめぐる自身の主張を世界に広めようとするならば、政府与党に批判的な国内メディアへの攻撃に使っている場合ではない。

 2007年4月27日のキャンプ・デービッドでの日米首脳会談で安倍総理はブッシュ大統領に対して、慰安婦問題について「申し訳ないという気持ちでいっぱいである」と国際的なメッセージを発した同会談の映像)。

 総理の発言を受けてブッシュ大統領も「従軍慰安婦の問題は、歴史における残念な一章である。私は安倍総理の謝罪を受け入れる」と応答している。

 もし今回の朝日新聞の吉田証言にもとづく記事の取り消しで、「日本の名誉が傷つけられたこと」について、自由民主党の外交・経済連携本部国際情報検討委員会が主張するように「根拠も全く失われた」のであれば、今すぐにでも総理自らがアメリカ合衆国と世界に2007年の謝罪を正式に撤回すればよいだろう。外交的なダメージを度外視すれば、総理の現在の主張を世界中に広く伝える上で最も有効な手段ではあるまいか。

 慰安婦問題をめぐって、過去の内閣とは異なり米大統領の前で謝罪をせねばならないほどに状況を悪化させた自身の外交責任を棚に上げて、政府与党がその責任をすべて一新聞社に押しつけ、圧力をかけるなどというのは、明らかに「報道の自由」を無視した行為である。こうした行為は、到底民主主義国家のやることではない。 (つづく)

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筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

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