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[1]ウクライナと日ロ関係をモスクワ、キエフで考える 日本政府と食い違った森喜朗元首相の講演

大野正美 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

 少し古い話になるが、9月9、10両日にモスクワで開かれた「日本・ロシアフォーラム」はいろいろな意味で面白かった。

 経済やスポーツ、文化の観点から両国関係の将来を話し合う催しで、毎日新聞社とロシア政府系のロシア新聞社が主催、日本の外務省、経済産業省などが後援し、2013年に初めて東京で開催され、今年は2回目になる。たまたま予定していた外国出張との日程が合ったのでのぞいてみた。

 まず興味を引いたのが、会場の国際貿易センターに配られていた「極東連邦管区」というPR用の新聞である。フォーラムの主催者であるロシア新聞のハバロフスク支社が、新聞の付録として極東向けに発行しているもので、紙面では沿海地方のミクルシェフスキー知事やサハリン州のホロシャビン知事らが、エネルギー分野を中心にした日本との経済協力の強化を呼びかけている。

「日本・ロシアフォーラム」で配布されたロシア新聞の付録にある国後島が細くなった極東連邦管区の地図の一部拡大「日本・ロシアフォーラム」で配布されたロシア新聞の付録にある地図の一部。極東連邦管区にある国後島がなく、細い線になっている
 紙面には極東の地図もある。「当然ながらクリル諸島(千島列島)は北方領土の4島も含めてロシア領なのだろうな」と思って目を落とすと……。

 なんと択捉島のすぐ南にあるはずの国後島の姿がなく、代わりにごく細い線が走っているだけである。

 ロシア新聞社の日本に詳しい知り合いにこの地図を示すと、しばし絶句していた。

 フォーラムには森喜朗元首相が出席し、9月9日に開幕の基調講演をした。

 森氏は2013年1月にテレビ番組で「こう引けば一番いい」といって北方四島の地図上にある択捉島の下に線を引き、国後、歯舞、色丹の3島返還による領土問題の解決に言及した。

 これまでにも日本では、国後の一部を含めた面積島分による3・5島返還論など、政府の公式的な「4島返還」の立場から離れたさまざまな解決方式が探られてきた。

 森氏が日本政府の公式的な立場から離れた解決方法を主張している、最も有力な日本の要人であることを意識したロシア側が、あえて森氏の主張の流れに沿った地図を用意し、そうした方向で領土問題を解決する用意があるとのシグナルを日本側に送った……。

 ものごとの背景に秘められた意図を読み取ることが好きな陰謀論者的な人であれば、そうしたことも、この地図をもとに言い出しかねないように思える。

 しかし、実際には、単なる間違いか、編集の都合で何も考えずにこんな形に変えてしまったと見るべきだろう。

 2012年8月にもロシア政府は、公式ウェブサイト上で公開している自然保護区などを紹介する全国地図に北方領土を含むクリル諸島を描かず、地元サハリン州のメディアから「クリルは政府に忘れられた」との批判を受けたことがある。

 ロシアのメドベージェフ首相は2012年7月、大統領時代に続いて2度目の国後島訪問をし、「これは私たちの土地、固有のものだ。わずかなりとも渡す気はない」と言い放った。だが、ロシア政府系の新聞が、しかもプーチン大統領の名代として地方を統制する役割を果たすことになっている連邦管区の紹介紙面にある地図から、クリル諸島で3番目に大きな国後島をあっさり落とした。

 政府の公式ウェブサイトの件と合わせ、クリル諸島という極東の果てにある土地は、ロシア国民にとって、ウクライナから取り戻したことをこぞって大喜びしたクリミア半島とはまったく違い、知識や関心の点できわめて希薄な存在であることを、はからずも示した形となっている。

 この地図の件は、ロシアの中で北方領土が現実に占めている位置を感覚的につかむのに役立つと思い、紹介した。

 それはともかく、フォーラムでもっとも興味深かったのは、ほかならぬその森氏の基調講演である。

 森氏は安倍晋三首相の特使の役割も兼ねて、今秋に予定されていたプーチン大統領の日本訪問問題についての大統領あての首相親書をモスクワに持参した。しかし、講演の内容には、ウクライナ問題発生後の日本政府の対ロシア政策と食い違う内容が、一部に見受けられた。たとえば次のようなくだりだ。

 「ウクライナの問題には長い歴史、それぞれの時代の複雑な関係があり、私たちはそれにかかわる資格はない。ロシアの国家、国民は、かつての領土だけに住民が多く住むこの地域をNATOに加えるというのでは、ロシアが不服を伝えるのは、私は十分に理解ができる。
 EUは2年前、なんとノーベル平和賞を受賞した。私は本当に驚いた。60年間、欧州に戦争がなかったというのが、EUの人たちに対する評価だったとのことだ。そのみなさんが、本当にウクライナのことを反ロシア戦線に巻き込んで、ロシアをたたくということを本当に考えているのか。それではノーベル賞が泣くのではないのか。
 欧州もロシアも自由とそして民主主義、お互いに自由と繁栄を願う国々であるのだから、できれば、理想をいえば新しい欧州の体制ができあがってもいいのではないか。それが、自らEUやロシアが考えていかなければならない大事なテーマだという風に思う」

 基調演説で森氏は、ウクライナ問題には「長い歴史、それぞれの時代の複雑な関係」があるから、「私たちはそれにかかわる資格はない」という。

 だが、日本政府は今年3月、ロシアがクリミアを併合する根拠とした住民投票について「ウクライナ憲法に違反し、法的効力はないため、その結果を承認しない」とし、さらにロシアがクリミアの独立を承認したことを、「ウクライナの統一性、主権及び領土の一体性を侵害するものだ。我が国は、力を背景とした現状変更の試みを決して看過できない」との立場から最初の制裁をロシアに課した。

 その後もウクライナ情勢をめぐる「事態の改善が見られない」ことから日本政府はたびたび、制裁を強化してきている。 (つづく)

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筆者

大野正美

大野正美(おおの・まさみ) 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

1980年、朝日新聞社入社。水戸支局、外報部、東京社会部などを経て、1986年からサンクトペテルブルクに留学、モスクワ支局勤務は3回計11年。論説委員、編集委員、国際報道部・機動特派員を経て、現在は報道局夕刊企画班。著書に『メドベージェフ――ロシア第三代大統領の実像』『グルジア戦争とは何だったか』(いずれもユーラシア・ブックレット、東洋書店)など。

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