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 実際のところ、欧州連合(EU)はどのようなロシア観に基づいて政策を進めているのか。先の外国出張中、そのことについて一つの方向性を非常によく表していると思える場面に遭遇した。

 「自由な諸共和国の堅固な同盟を 偉大なるルーシは永遠に団結させた
 諸人民の意思により創造された 統一した強大なソビエト同盟万歳!
 栄えあれ、自由なる我々の祖国よ 諸人民友好のしっかりとした砦よ!
 ソビエトの旗よ、人民の旗よ 勝利から勝利へと導くように!」

 ソ連国家の一番を、ポーランドのクワシニエフスキ元大統領がとうとうと響くよい声で歌いだした。

「ヤルタ・欧州戦略国際会議(YES)」の閉幕演説でソ連とロシアの国歌を歌うポーランドのクワシニエフスキ元大統領=拡大「ヤルタ・欧州戦略国際会議(YES)」の閉幕演説でソ連とロシアの国歌を歌うポーランドのクワシニエフスキ元大統領=撮影・筆者
 ウクライナの首都キエフで開かれた「ヤルタ・欧州戦略国際会議(YES)」で、9月13日の最終日に閉幕演説をした時のことである。

 YESはウクライナの欧州統合をテーマに、ロシアも含めた欧米からの著名な識者を招いて毎年開かれている催しで、今回で11回目となる。これまではクリミア半島にあるヤルタが会場だったが、ロシアのクリミア併合によりキエフに会場が変更された。

 この演説でクワシニエフスキ氏が主に問題にしたのが、2004年にEUに加盟したポーランドやバルト3国などの東部欧州を中心とする「新しい欧州」と、より西の英仏独など「古い欧州」および米国との間に存在するロシア観の抜きがたい違いについてだった。

 同氏によると、西の古い欧州や米国のロシア観は、ややもすると「ナイーブ」である。

 つまり、プーチン大統領の対ウクライナ政策の本当の意図とは、「東部諸州あるいはクリミアといったウクライナの一部が対象なのではない。ウクライナ全体を『超大国』としてのロシアの一部にすることにある」という。

 それは、社会主義を掲げたソ連の時代も、形としては複数政党制に基づく民主主義の政治体制をとっている今のロシアも変わらない。何よりもまず、ロシアの国歌の変遷をみればわかる。

 クワシニエフスキ氏の歌ったソ連国歌は、1944年に制定された。赤軍合唱団の創設者アレクサンドロフが作曲したメロディーを使ってできたのが、スターリン時代の第2次世界大戦中だったことで、2番と3番の歌詞には次のような部分があった。

 「雷雨を貫き自由なる太陽は我々に輝いた そして偉大なるレーニンは我々に道を照らした 我々をスターリンは成長させた―人民への忠誠へと 労働へと、さらに偉業へと、我々を鼓舞した!」
 「我々は激戦の中で我々の軍を成長させた 卑劣な占領者を道から掃討する! 大会戦の中で我々は何世代もの運命を決する 我々が自らの祖国に栄光をもたらそう!」

 だが、フルシチョフがスターリン批判をすると、これらの歌詞は歌われなくなっていった。さらにブレジネフ時代の1977年に至り、スターリンの言葉は取り除かれ、将来の共産主義の勝利を強調する歌詞へと作りかえられた。

 ソ連が崩壊した1991年にロシアのエリツィン初代大統領は、ソ連国歌に代えて帝政ロシアの作曲家グリンカがつくった「愛国の歌」のメロディーを国歌に採用した。ところが2000年に就任したプーチン大統領はメロディーをソ連国歌のものに戻し、歌詞だけを変えて現在に至っている。会議でクワシニエフスキ氏は、ソ連国歌に続いて、この現行のロシア国歌の一番である次の部分を歌った。 ・・・ログインして読む
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筆者

大野正美

大野正美(おおの・まさみ) 朝日新聞記者(報道局夕刊企画班)

1980年、朝日新聞社入社。水戸支局、外報部、東京社会部などを経て、1986年からサンクトペテルブルクに留学、モスクワ支局勤務は3回計11年。論説委員、編集委員、国際報道部・機動特派員を経て、現在は報道局夕刊企画班。著書に『メドベージェフ――ロシア第三代大統領の実像』『グルジア戦争とは何だったか』(いずれもユーラシア・ブックレット、東洋書店)など。

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