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死刑は当然という「国民感情」

 韓国珍島沖で4月に起きたセウォル号事故、修学旅行の高校生など300名以上の犠牲者を出した未曾有の事故の責任は誰にあるのか。

 10月27日、テレビのニュース速報で、船員らへの求刑内容が報道された。船長に「死刑」、一等航海士・二等航海士・機関長は「無期懲役」、事故当時指揮と舵を担っていた三等航海士と操舵手には「懲役30年」が求刑された。

ソウル中心部の広場で回る風車。セウォル号事故について様々なメッセージが書き込まれている拡大ソウル中心部の広場で回る風車。セウォル号の事故についてのメッセージが書き込まれている=2014年7月
 韓国の人々はこの求刑をどう思っているのだろう?

 「いくらなんでも死刑はやりすぎた」「殺人罪が成立するのか」「焦点は裁判所が『未必の故意』を認めるかどうか」

 などの書き込みが、インターネット上に続々と上がってくるのは日本サイドで、韓国人の反応はにぶい。

 いくつか韓国語のキーワードを入れてツイッターなどを検索してみたが、核心にふれるようなコメントは見られない。求刑を伝えるニュースサイトのコメント欄には、「生贄には厳しいね」という冷笑的な書き込みもあったが、驚くほど無反応だった。

 家族を失った遺族の思いははかりしれない。

 「船長の死刑だけじゃ足りない」「先に脱出した船員たちはみんな同罪だ」

 彼らが船長らの極刑を求めるのは当然だ。

 「死刑は当然、乗客を見捨てた悪い奴だから」という、うちのお隣のご老人の気持ちもわかる。これが「国民感情」というものなのだろう。

 韓国では亡くなった高校生のことを「オリンハクセンドゥル(幼い学生たち)」という言い方をする。

 無垢な少年少女が犠牲になった悲しみは韓国全体を覆い、市民生活を麻痺させるほどのものだった。罪のない人々が亡くなり、罪を犯した人間が生き残る、その不条理は許せない。

 そのとおりだ。でも、メディアや識者と言われる人々は、感情論だけではすまされない。

 この量刑は妥当なのか? 

 ニュース専門番組などもチェックしてみたが、その時点でこの判決を踏み込んで議論しているものは見つからなかった。夜のメインニュースぐらいになれば、専門家の意見が出てくるかもしれない、と思った。

韓国メディアはセウォル号関連の話題を避けている?

 ところがその夜のKBSニュースのラインナップは意外だった。船長への死刑求刑のニュースはトップどころか13番目で、とても小さい扱いだった。

 事実関係と遺族の反応を伝えるのみで、解説などはまったくない。セウォル号関係では船体の引き上げを決める行方不明者家族の投票が4:5で否決された件が12番目でそれよりも若干大きな扱い、安倍首相が官邸での会議で「河野談話」の見直しを否定したというニュースの順位の方が上だったほどだ。

 韓国メディアはこの話題を避けているのじゃないだろうか。

 翌朝の朝刊も同じだった。このニュースをトップで扱ったのは英字新聞のコリアンタイムズのみ。朝鮮日報やハンギョレなども一面ではなく社会面での扱いだった。

 セウォル号事故は死者295名、行方不明者9名という、韓国の船舶事故の中でも過去にないほどの大事故である。そして船長や乗組員をはじめ、海洋警察、船の運行会社の関係者など約400名が立件、うち154名が逮捕されている。

 これはもうすでに大事故というより大事件だ。事故の責任は広範囲に及び、たとえば珍島海上交通管制センターの職員も規定通りに勤務しておらず、更新日誌を捏造、監視カメラの録画を削除していたという。

「韓国のマスコミは正常ではないのですよ」

 さらにこの大事件は韓国経済にも深刻な打擊を与え、国会の機能を麻痺させるなど、社会のいたるところに影響を及ぼした。

 それだけではない。関係者の不審死や大統領をめぐるスキャンダル、それにともなう外国人ジャーナリストの起訴という不測の事態まで引き起こした。

 こんな大事件での裁判を、メディアはこんな扱いにとどめていいのだろうか。日本からは求刑の厳しさに大統領府の圧力を指摘する声も聞こえてくる。一方、韓国では「未必の故意」に関してさえ、大きな反論は出ていないようだ。

 「韓国のマスコミは正常ではないのですよ。2代にわたる保守政権の圧力で、優秀な記者はみんなパージされてしまった。残ったのは大統領の顔色を伺うような連中ばかり」

 かつてMBCの報道局にいた知り合いの記者は、こういう話題になるといつも吐き捨てるように言う。

 MBCは大規模なストライキの処分で、報道関係の記者が数多く現場から追われ、ニュース時間そのものが短縮されてしまった。「信頼できるのはハンギョレ新聞や京郷新聞などごく一部」と彼は言うが、しかしその2紙が国民の絶大な支持を得ているようにも思えない。

 同じ頃、真反対の意見を、外資系企業で働く韓国人から聞いた。

 「なんでも保守政権のせいにする連中はおかしいと思う。ハンギョレ? 私は朝鮮日報をとっていますが、でも妻はそれを友人に隠している。妻の友人たちには野党支持者が多いんです。異様な空気ですよね。今の韓国には言論の自由がない」 (つづく)

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筆者

伊東順子

伊東順子(いとう・じゅんこ) フリーライター・翻訳業

愛知県豊橋市生まれ。1990年に渡韓。著書に『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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