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『ザ・レイプ・オブ・南京』、アイリス・チャンを偲んで(下)――残された多くの言葉

徳留絹枝 「捕虜:日米の対話」設立者・代表

 1998年春、『The Rape of Nanking』が米国でベストセラーになる中、日本からの批判は、斎藤邦彦駐米大使もそれに加わるほど激しいものとなった。

 4月21日、斎藤大使が記者会見で「非常に不正確な記述や一方的な見解が多く、事実誤認や曲解もある」と発言したのだ。数週間前にアイリスの講演を聞いたばかりのサイモン・ウィーゼンタール・センターのクーパー師は、具体的な例を示すこともせず“非常に不正確”と決めつけた大使に、抗議の手紙を送った。アイリス自身も、斎藤大使に、テレビで公開ディベートをしようと挑戦した。

 その数か月後、アイリスは母校の高校の卒業式に来賓として招かれ、スピーチをしている。

 皆さん、どうぞ「一人の人間の持つ力」を信じて下さい。たった一人の人間が世界を大きく変えることができるのです。一人の人間、さらに言うなら一つのアイデアが、戦争を始めることも、終わらせることもできるし、巨大な権力機構を転覆させることもできるのです。一つの発見が病を撲滅させ、人類に利益をもたらしたり破壊したりする新しいテクノロジーを生み出すのです。あなたこそ、何百万人に影響を与えられるその“一人”なのです。大きく考えて下さい。狭い視野を持たないで。そして決してあなたの夢と理想を妥協しないで下さい。

 1998年12月、批判発言から8か月も過ぎた後、斎藤大使とアイリスはついに米公共放送テレビPBSに揃って出演した。1995年の村山談話などで日本政府はアジアの被害者たちに既に謝罪をしていると説明する大使と、犠牲者の多くはそれを真摯な謝罪と感じていない、とするアイリスの議論は最後まで噛み合わなかった。

 この番組を見た母親は娘を誇りに思う半面、少し前に日本の右翼が「南京1937」という映画を上映中の横浜の劇場のスクリーンを切り裂いた事件を思い出し、彼女の身の安全を心配するようになる。

 アイリスは、そんな母親を過保護だと言って電話で言い争いになることもあった。母親は謝ったが、翌日、落ち着きを取り戻したアイリスは、美しい手紙を母親に送っている。

 昨夜のことだけど、お母さんは何も謝ることはないのよ。私こそかっとなってしまって、後悔している。きっと疲れすぎていたのね。
 今日ドライブ中に、お母さんのことを考えたの。この30年間、お母さんとお父さんが、どんな風に私を育ててくれたかを。周りの誰も私を認めてくれなかった時、二人だけは、いつも私を愛して信じてくれたよね。私が十代の大学生だった頃、よく私の夢をお母さんに教えたことを覚えてる?それらを叶えられないかもしれないという大きな不安もね。でもお母さんはいつも言ってくれた。「心配しないで、アイリス。あなたは成功するよ。私にはわかるの。あなたがとても特別なものを持っているって、他の誰とも違うものを持っているって、あなたが生まれた瞬間からわかっていたのよ。」
 その言葉がずっと私を励ましてくれた。つらい時も、失敗した時も、落ち込んだ時も。お母さんは知らなかったかもしれないけど、その言葉はとても大きな力を持っていた。それが私の人生を変えたんだよ。

写真提供 Dr. Ying-Ying Chang拡大写真提供 Dr. Ying-Ying Chang
 この本には、『The Rape of Nanking』の抜粋が掲載される予定になっていた『Newsweek』誌の号から日本企業が全ての広告を取り下げたというエピソードが示すような日本からの有形無形の圧力、生前結局出ることがなかった日本語版(2007年に刊行)をめぐる顛末、さらにはアイリスが不妊症を乗り越えて代理出産で母親となったことなどについても詳細に書かれている。

 また、当初アイリスが一笑に付していた彼女個人への脅迫についても、最後の頃の彼女は、恐れていたことにも触れている。

 しかしやはり一番読者の心を掴むのは、アイリスが“書く”という仕事の意味をどれほど真剣に考えていたかということだ。母親は書いている。

 アイリスは、“書く”というのは孤独な旅のようなものだと、よく私に言っていました。彼女はいつも「私は、自分に残された時間があと一年しかない、という気持ちで本を書かなくちゃならない。自分が死を宣告された人間のような覚悟で書かなくちゃならないの」と言って、自分を励まし追いつめていたのです。「人は二度死ぬ。一度は肉体として、そして二度目は人々の記憶の中で。物語が失われてしまうことを私は嘆き悲しむ。」歴史を伝えるために、彼女はそう自分に繰り返していました。

 そうであればこそ、他の著名な作家が南京虐殺について書き、さらには彼らが自分の著書から引用したことに、アイリスは何よりの喜びを感じていた。

お母さん、
嬉しいニュースよ。南京虐殺が世界史の中で市民権を得たの。先週近所の大型書店に行ったら、最近出版された“20世紀の歴史”に関する何冊かの本にちゃんと入っているのを見つけた。例えば、マーティン・ギルバートは、大作『20世紀の歴史:第二巻1933-1951』の161頁から165頁までを使って南京虐殺について書いていて、162頁では私の本から直接引用しているの…。それから、ピーター・ジェニングの『The Century』やスティ-ブン・アンブロースの『American Heritage New History of World War II』にも南京虐殺のことが出ていた。…20世紀が終わる3年前に『The Rape of Nanking』を書いたのは、完璧なタイミングだったわ。こうして他の著者が、20世紀を総括する本にこの残虐事件を入れることができたんだから。

 Ying-Yingさんは、この回想録を書いた理由をこう説明している。 ・・・ログインして読む
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筆者

徳留絹枝

徳留絹枝(とくどめ・きぬえ) 「捕虜:日米の対話」設立者・代表

シカゴ大学で国際関係論修士号取得。著書に『忘れない勇気』『命のパスポート』(エブラハム・クーパー師と共著)など。2004年よりバイリンガル・ウエブサイト「捕虜:日米の対話」運営。現在、旧日本軍の捕虜となった米兵に関する著書を執筆中。