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[2]2025年のリーダー像を探る――青木大和

若者を巻き込んで、組織として、社会を変えていきたい

鈴木崇弘 城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授

 青木大和さんは、今から2年ほど前の高校生の時に、「僕らの一歩が日本を変える。(以下、「ぼくいち」と称す)」というグループを立ち上げて、「高校生100人×国会議員」というイベントを始めました。その活動を通じて、高校生や大学生などの若い世代と政治との距離を縮め、若い世代が政治や社会に関心を高めることに成功し、新しいパブリックを創り出してきています。本記事では、企画「リ☆パブリカン」の主要メンバーの鈴木崇弘を聞き手として、その青木さんにその活動や考え方について語っていただきました(インタビューは、2014年10月10日におこないました)。

――青木さんが、そのような活動を始めた経緯やきっかけについて、まず教えてください。

青木大和 15歳の時に、1人でアメリカに一年間留学しました。それが、ちょうど2009年のオバマの大統領就任を決めた選挙の直後で、アメリカの中でも、新しい大統領が生まれて、これからアメリカがどう変わっていくのかという期待が生まれていた時でした。オバマの前のブッシュ大統領は、イメージが悪かったのです。その時に、若くて、黒人の大統領が初めて生まれたという状況の時に、留学したのです。そのために、アメリカ国内でも政治への関心も高まっていたのです。そのような場所に立ち会えていたのです。

 また、アメリカでは、自由なディスカションや模擬選挙などの授業もあり、政治を体験することもできたのです。

 そして、日本に帰ってきて、高校に戻ると、政治に関する授業はどちらかというと、寝るための時間のように扱われていて、アメリカで経験したような授業はありませんでした。

 それをなんとかできないかと考えたんです。ただ学校の中で、そのような政治を体感するようなものをつくるのは難しいので、学外でつくって、徐々に学校に入っていけるようにしたらいいのではないかと考えたのです。そこで、「ぼくいち」を立ち上げたのです。

――その組織で、具体的にどんなことをやろうとしたのですか。

青木 アメリカにいた時に、公開討論会という形で、現地の議員の話を聞く機会がありました。クラスで政治に関してディスカションをしましたが、それだけではリアリティーがありませんでした。でも、議員が来てくれて、直に話が聞けて、握手できたりすると、かなりリアリティーが高まったのです。これと比較して、日本では、政治家はTVで観たり、選挙前に話が聞ける程度だけでした。


 そこで、TVなどで観る議員に、高校生が意見をぶつけたり、話が出来る機会ができるのが重要と考えたわけです。それで、高校生100人が国会議員と直接話し合いができる活動を立ち上げたのです。

「高校生100人×国会議員」のイベントで代表として挨拶する青木大和さん(筆者撮影)拡大「高校生100人×国会議員」のイベントで代表として挨拶する青木大和さん(筆者撮影)
――これまでにそのような機会(イベント)を4回開催してきたわけですが、その結果はどうでしたか。

青木 やってみて、いくつかの可能性を感じましたし、まだまだの面もあると感じています。

 可能性は、回を重ねるごとに、協力者が増えてきたことです。そして、自分たちがやってきたことで、高校生が永田町にいることがスタンダードとはいわないまでも、おかしくなくなってきた、制服を着た高校生が議員会館のエレベータに乗っていても、以前は何でいるのかという雰囲気だったが、今は議員の方から「何しているの?」という感じで声をかけてもらえるような感じになった。

 また「ぼくいち」のイベントに参加している高校生が、変な高校生ではなく、一般的な高校生というようなイメージが生まれてきた。

 もう一つの可能性は、そのイベントに参加する高校生を見ると、議員を身近に感じる機会がつくれたことです。参加する高校生は、ある程度発言できたり、発信できる方が多いのですが、TVでしか観られない人達と会えて、地元に帰ってから、リーダーシップを発揮して、周りにその自分の経験を話したりしているようです。また、学校によっては、先生が、ホームルームで時間をつくって、参加した高校生に話す機会をつくったりしてくれているそうです。

 このようにイベントの信頼度が高まってきているのです。そのため、いくつかの地方の高校では、先生が優秀な生徒に対して、「ぼくいち」イベントへ参加の応募を薦めたり、交通費も出したり、親が反対したら、先生が説得するような事例も出てきています。

 最後にあげたい可能性は、このイベントをはじめにやった時は大変だったのですが、はじめに設計して、参加し始めると、後はやりやすいことがわかった。高校生でも真似しやすくつくれたのは、自分でも功績ではないかと思っています。参加して、やり方がわかれば、仲間をつくれれば、後は真似できるわけです。

 僕1をはじめてから、いろいろと似たようなものが増えてきている。自分たちだけがやっているのでは意味がない。参加することで、似たようなインフルエンサー(影響を与えることの出来る者)が生まれ、同じような活動が生まれてきていることが重要だし、良い可能性だと考えています。

――「ぼくいち」の活動やイベントの高校生、議員、先生、親御さんにも影響が広まっているのですね。青木さんの組織を見ていると、青木さんしかできないと広がらない、真似できないではないようにしているので、フランチャイズされるような流れがでて、社会全体に広がり、イベンントが行われた回数や日数だけで終わってしまうのではなく、広がってきているのですね。素晴らしいことだと思います。

 それでは、参加した高校生は、イベントなどに参加して、具体的にどう変わったのですか、そこのところをもう少し教えてください。

青木 「ぼくいち」のイベント情報などを読んで、自分で参加したり、自分でも始めたりしている。地方に帰って、周りに話をしたり、それを聞いた後輩が、次の年に参加するというようなサイクルというか、環境が生まれています。

――ところで、「ぼくいち」イベントの初年度とそれ以降の参加応募状況はどうなんですか。

青木 年々伸びてきています。初年度は、参加者定員100名に対して108名の応募で、集めるのに大変でした。でも、それがメディアなどでたくさん報道されたり、ネットでさまざまな形で情報が広まったりして、その一回目の衝撃が大きかったので、第2回目は大きく伸びました。それは、一回目は高2の時だったのですが、「ぼくいち」の当時スタッフメンバー全員がAO入試で合格したのです。「ぼくいち」の活動が、メンバーにとって正にギャップ・ターム(大学に合格した生徒が、大学入学までの時期にボランティア活動をしたり、留学や旅行などをして、その自由な時期を有意義に過ごすこと)のようになったのです。

 2回目は、準備を周到に行い、告知や口コミを行って、350名ぐらい応募してきた。「(応募に対する)メール返すのが大変」といいながら、うれしい悲鳴を上げるような状態でした。3回目は400名ぐらい。4回目は3回目と同じぐらいだった。1回目から3回目は僕たちでやり、4回目は後輩の高校生に引き継いで、カラーチェンジをしたので、そうなったんです。

 来年の3月開催予定の第5回目は、これまでのように高校生だけでやることにこだわるのではなく、大学1年生なども参加して、自分たちでこうやりたいと考えてもらってやっていこうと考えています。さらに明るい選挙推進協議会(明選協)や教育委員会などでも協力してもらい、そのイベントのポスターを貼らせてもらったりして、参加応募者を増やしたいと考えています。

――それはいいですね。ところで、それらの組織の「ぼくいち」への関心はどうですか。

青木 反応はいいです。明選協は、後援などもしてくれていて、かなり積極的です。東京の選挙管理委員会もめちゃくちゃ応援してくれています。

――高校生100人のイベント以外の他の活動や広がりはどうですか。

青木 このような活動をしていくことを通じて、誰でもやれるモデルをどれだけたくさんつくりだしていけるかが、自分は今大学一年生ですが、大学時代の使命と考えています。それと並行して、自分たちの独自カラーも出していきたいと考えています。

 まず、誰でもできるモデルとして、以前はサマーキャンプと言っていましたが、今はアドボカシーキャンプと呼んでいるものがあります。それは、若い世代の参加者が、自治体の方々と連携しながら、一週間かけて、政策提言をつくるのです。面白いアイデアが出たら、それに予算がついて、自治体で実現していくというものです。それが、高校生100人のイベントの次にやろうと考えているものです。

 それ以外の活動を考えた時に、僕1の独自カラーとして築きあげてきたものと、僕1がなぜ評価を得てきたか、メディアや社会から評価されてきたものは何かについて考えてみました。それは、若者がいないところに、若者を送り込んで形にしてきたことではないかと考えたわけです。具体的にいえば、若者が少ない国会に若者を集め、議員に対して声を上げたというギャップが評価され、興味を持たれたのです。

 さっきお話しした自治体では人口が減少し、人口消滅都市の発表も最近ありました。若者がいなくなってきているのです。安倍政権でも、地方創生が謳われています。それらのことは、僕らにとっては、逆にチャンスです。若者がいなくなってきているところに、若者を送り込むのです。それは、「ぼくいち」がやってきたことの発展形になると考えています。

 たとえば、全国の自治体に空き家が増えているわけです。そこに若者を送り込み、若者の参加する先に述べたようなキャンプ(場)をつくるようなことを展開していくたいと思っています。

――学校で授業などもしていますね。

青木 はい。荒川区で、模擬選挙の授業をさせてもらっています。これまでも、青年会議所(JC)や明選協などの方々がやってきた所だったのですが、受け入れられていなかったので、JCや選管の方から困っているという話を伺いました。そこで、45分の授業を僕らに自由に任せてもらったのです。区の教育委員会や選管の幹部の方々も参加されたところで、授業をやらせてもらったのですが、生徒も真剣に考えてくれ、とても評判がよかった。来年は多分正式に授業をやらさせていただけそうです。

 今回は、選管の5回の授業のうち、前は硬い内容の話で、僕らは模擬投票の部分を任せてもらい、寸劇形式でやったのです。

 たとえば、こんな感じです。ある市で、市長選をやることになった。3人の候補者がでてきて、演説します。候補者Aは、機構市場で、グローバルな話をします。そして候補者Bは、ルックスが良く、有権者に都合のいい話をするわけです。最後の候補者Cは、頼りない感じで、何をいっているのかわかりません。そこで一度選挙をします。すると、得票は、B、A、Cの順になるのです。

 その次に公開討論会を開催します。各々の候補者が政策について、討論するわけです。候補者Bは適当なことをいい、ボロが出るわけです。Aはまあまあの話をし、Cは政策的にきちんと対応するわけです。

 このように見た目だけでは判断してはいけない、有権者が候補者の政策の内容をちゃんと知って、自分の考える政策の軸と比較しながら、候補者を判断しなればならないということを示していくのです。

 参加した生徒は、twitter(ツイッター)に、「候補者Bは、見た目はいいけど、それだけではダメ」などと書いたりしていました。

――最終の選挙結果はどうなったのですか。

青木 投票の最後の結果は、候補者Cが一番で、次に候補者A,Bの順になりました。

――非常に面白い試みですね。さて、ここで話を変えて、組織の運営についても、教えてください。

青木 この9月にNPO法人になりました。

――現在ここにオフィスも構えているのですよね。その理由は何ですか。

青木 僕らがやっている活動は、ITではなく、人と人との関係で成り立っています。これまではFACEBOOK(フェイスブック)やスカイプなどを使って、コミュニケーションをとって来ましたが、その限界も感じてきたのです。お互いに顔を見て、話をしないといけないフェーズに移ってきたので、オフィスを構えたのです。毎朝8時に集まって会合をしています。

――青木さんらは、ネット世代なのに、それだけではダメだと言っているのは非常に面白いです。それから、青木さんの興味深いところは、先に話のあったモデルの話もそうですが、自分で独占しようとしていないところ。青木さんは、リーダーシップを発揮しているのだけれど、自分だけですべてをやろうとはしていない。なぜそのようなやり方というか、運営の仕方をするのですか。

青木 元々組織について考えるようになったのは、高校2年でスキー部の部長をしていた時です。それは、歴史のある部だったのですが、自分がいた時には、部員が非常に多かったのです。スキーは、基本的に団体スポーツではなく、個人スポーツで自分との戦いなんです。だからこそ、組織としてどう盛り上げていくかが大切なんです。

 スキーができる12月から翌年の3月は、年の三分の一ぐらいに過ぎないわけです。それ以外は、部員は自分で過ごすことになります。だからこそ、集団意識をつくりだし、スキーシーズンが来たら、スキー場で頑張れるようにしないといけないわけです。

 部の顧問の先生と話をしたし、権限も与えられていたので、訓練メニューをつくったりしていました。そして、自分で一方的に決めたことを部員にやらせていたわけです。そして、出来ない部員には、筋トレや走り込みなど厳しい対応をとっていたのです。

 部活には、学校が中高一貫で、中1から高3までの生徒がいました。その中には、「スキー部なのになぜそんなことするの?」と聞いてくる者もいました。彼らは、自分で納得しないとやらないという感じでした。

 僕は、なぜやるのかと聞かれて、答えられなかったわけです。そこで、そう尋ねた中1の部員らに「どうすればやれるか」という質問を逆にしてみたのです。そうしたら、彼らは、自分達で考えて、部には異なる年次の部員がいるので、成長や発達の度合い、体型や筋肉が異なるので、中1から高3まで同じメニューをこなすのはおかしい。自分達中1は、まだ成長するので、筋トレより、バランス感覚を養った方がいいという提案をもってきたのです。理に適っていて、なるほどと思いました。

 このような経験から、自分で考えてもらって、それを活かすことが大切だと気付いたのです。僕が考えて決めても、皆はやらない。自分達自身で、リーダーシップを持ちなさいといっているのです。特定の個人にだけ頼るようになったら、組織は終わると考えています。他方、全く何も言わないのもダメなので、そのバランスが必要です。

 このようなことから、現在「ぼくいち」では、各自がやることを週に一度もってきてもらって、確認し、スケジュールにそって進んでいるかをチェックしています。

 進捗のチェックや、どうやっていいかについて悩んでいる人のサポートをしたり、その良さを引き出すことに気を使って、組織を運営しています。

――現在何人の体制で組織を運営しているのですか。

青木 常駐の8名と、そのまわりによく来る高校生がいます。さらに、HPなどを通じて、活動に参加を希望してくる方々がいます。そういう人達は、これまでは返していたのですが、最近は一週間ぐらいの研修をして、反応をみています。

 つまり、代表の僕と副代表以外の6名が、広報活動・空き家プロジェクト・授業プロジェクトなどの活動グループを統括しています。その下に、12名ぐらいがいます。そして新しく来た方には、自分のやりたいグループに入ってもらい、統括者から一週間ぐらいの指導をさせて、一緒にやれるかどうかの様子見をするようにしています。 ノリだけで来た方は、一週間の仕事を与えれば、来なくなります。やる方は、学校が終わってから、オフィスに来て、きちんと仕事をしていきます。オフィスに来ていると、ボロがでたり、遅刻したりで、タイプがわかります。

 これは、人を見る上で非常に良い仕組みだと考えています。今のところ、これでうまく判断できています。またこのようなことで、現時点では全体で25名ぐらいが関わっている感じです。 (つづく)

NPO法人「僕らの一歩が日本を変える。」(略称、ぼくいち)
14歳から21歳までの学生22人で運営しているNPO法人(2014年10月に法人格取得)。「若者による社会おこし」を掲げ、「若者と社会が共にポテンシャルを開花させる機会を創り出す」ため、「高校生100×国会議員」をはじめとする若者の社会参加を促す活動をおこなっている。
青木大和(あおき・やまと)
若手活動家/慶應義塾大学法学部政治学科2年/NPO法人「僕らの一歩が日本を変える。」創設者/前代表理事。1994年3月9日生まれ。15歳にて単身渡米。米国の社会活動へ参加する中でオバマ選挙を目の当たりにする。日本と米国の若者の社会参加、政治参加の差を実感し、帰国後の2012年、「僕らの一歩が日本を変える。」を創設。「高校生100人×国会議員」、「未成年模擬選挙」「全国行脚」などの数多くの仕掛けを行った。2014年には「社会をおこして、明日をつくる」というテーマを掲げ、「若者と社会が共にポテンシャルを開花させる機会を創り出す」ことを目指したNPO法人「僕らの一歩が日本を変える。」へ法人化させた。若手活動家として多くのメディアで注目されている。

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筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授

1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。