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[3]2025年のリーダー像を探る――青木大和

個で闘うことは重要だが、組織で闘うことが実は必要

鈴木崇弘 城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授

 (このインタビューは、2014年10月10日におこないました)

――話題は変わりますが、10月初旬に香港に取材に行かれましたね。

青木 行ってみたくて行ったのです。香港のニュースを見ていて、日本の僕らのような組織が、デモをうまくまとめあげて、先陣を切っているという印象がありました。リーダーは10代ですし、大学生の組織が動いているのを見て、自分も頑張りつつも限界を感じているなかで、彼らのやり方と組織を純粋に見てみたい、自分も学びたいと思って、『五体不満足』の著者の乙武洋匡さんに誘われて、一緒に行ってきたわけです。

――成果はどうでしたか。

青木 メチャ感動しました。17歳の学生リーダーは、13歳から始めてもうすでに4年の活動歴があり、中国で発行されている若者の実態を描く『青年白書:中国青年発展報告』で最重要危険人物に指定されています。ですからガードされていて、そばには近づけなくなっていました。また、中心組織である、香港学生連合(学連)も長い歴史があります。彼らのデモや参加者の仕切り方は、非常に勉強になりました。

乙武さんとの写真、スマホのライトでデモを盛り上げる参加者達(提供:青木大和氏)拡大乙武洋匡さん(左)と(提供:青木大和氏)
 デモなんだけれども、コンサートと同じように、参加者がブロックごとに分けられ、その間を人が通れるようになっていて、人の行き来がうまくできるようになっていた。デモは長時間に及ぶので、トイレも設置されていました。香港人は、世界で民度が一番高いのではないかとさえ思いました。

 デモ参加者は、演説中もキチンと聞いているし、盛り上がるところは盛り上がっていた。香港の外は蒸し暑いため、倒れるような人もいました。それを周りの人たちが雨傘を使って知らせると、演説が止まり、レスキューが助けに来ました。とても統制がとれていて、水や飲み物、お菓子なども誰にでも配布されていました。それらの費用は、香港の資産家が出しているそうです。シャワーもありました。

――天安門事件の教訓が生きているのではないですか。

青木 そうです。絶対に手はださない。平和革命。言うのは簡単だけれども、実際にやるのは大変だと思います。仕切る人をうまく配置しているのだと思います。

 それから、現代のテクノロジーもうまく活用していました。デモという古風な手法に、最新のテクノロジーが使われていました。

 デモは平和的にやっているのですが、大規模ですから参加者全員が見えるわけではないのです。そこで、テクノロジーを使って、映像を政府の建物に映して、どこからでもデモの様子が見えるようにしていたわけです。

 またデモは、日中はアトラクションも用意されていました。たとえばデモに関するツイッターの記事をプロジェクターで映し出して、参加者が楽しめるようにしていました。

 デモには反対者も多かったのですが、学校もデモで1カ月休みで、高校や大学の教員も応援していました。現場に黒板を置いて、青空の下、「今こそ民主主義を学ぶ最高の環境」であるとして、学生とディスカションもしていました。また学生も、日中はシートを敷いて、教材を広げて猛烈に勉強していた。日本ではありえない光景でした。本当に民度が高いと思いましたよ。

 デモは2~3キロに及ぶので、たくさんのゴミも出るわけですが、ゴミ袋を持った人たちが自発的に現れて、ローテーションで、ゴミを集めていました。デモは、平和的にやられているので、汚してはいけないと、キレイに実施されていました。タバコを吸う人がいても、周囲がきちんと喫煙者に対応するようにさせていた。そして、手は出さず、言葉だけで闘っているのです。

乙武さんとの写真、スマホのライトでデモを盛り上げる参加者達(提供:青木大和氏)拡大スマホのライトで盛り上げる香港のデモ参加者たち(提供:青木大和氏)
――その他に何かありましたか。

青木 アートも取り入れていました。デモも演説だけでは退屈してしまうので、歌手が歌ったりしていました。それに対して、スマホのライトで、コンサートのペンライトのようにして、真っ暗闇の中、一体感が出て、キレイに見えるようにもしていました。ステッカーも配られていた。全体的にうまくオルガナイズされていたのです。誰かがやり始めると、他のみんなもやるのです。

 それからさらに驚いたことがあります。それは、世界の弁護士団が、この活動を支援していたことです。中心の学生が、毎朝まず彼らのところに行って、どのように動けば法的に問題がないか、ギリギリのアウトとセーフのラインを確認して、活動しているのです。

――天安門事件のように戦ったら負けなので、それをせずに前に進めていくために、冷静にやっているのですね。

青木 日本の官邸前デモもこれぐらいやったら、全く別の結果になっていたのではないかと思います。香港の学生の活動を見て、僕も大いに反省しました。

 日本人の発想では、デモは対政府となるのですが、香港の学生たちは、13億人の中国とその政府は、自分たちだけではそう簡単に倒せないし、勝てないが、世界を取り込めば、13億に対峙できるかもしれないと考えているのです。

 そのため、演説はメインは中国語ですが、時々英語で世界の人々へ、というメッセージを流していました。海外の使い方がうまいと思いましたね。CNNなど海外のメディアにいい取材や報道の場所を提供して、海外に情報がうまく流れるようにもしていた。戦略的なんです。これに比べて、日本のデモは人が多くて、メディアがいい情報を流せるようにしてないんです。

 それから、僕は香港にいる間、ツイッターを流していたのですが、50万人ぐらいに流れたはずです。それで感じたことがあります。香港の日中は、観光客が多いんです。デモは、それらの人たちに「香港へのメッセージを書いてください」という掲示板があるのです。多くの方々がメッセージを書いていましたが、さらにその掲示板を写真に撮って、ハッシュタグをつけてくださいと勧めて、自然に広まるようにしていました。

 要するに観光客を、市民ジャーナリストにしているのです。一つひとつは小さい声ですし、各人のフォロワーは少なくとも、全体としては事実として情報が世界に広められるようにしていたのです。

――各人は情報を広めている自覚がなくても、面白いと思って、情報を世界に広めているのですね。

青木 そう、うまいんです。一緒に行った乙武さんは、たくさんのフォロワーがいるので、まさに市民ジャーナリストの典型です。フラッと来た普通の人が、無理やりでなく、気安く、いやらしくなく、自分からSNSに投稿したくなる仕組みづくりができているのです。こんな感じで、香港では、いろいろなことに感動しました。

――香港では若い世代が活躍している。UKでも、スコットランド独立の問題での住民投票で投票権が16歳から与えられ、若い世代の頑張りが報道されていました。日本でも、70年代の学生運動では中学生で運動に参加している人もいました。

青木 今の香港のようですね。

――青木さんは、海外と比べて、日本の若い世代をどう考えていますか。

青木 難しい質問ですね。今の日本は平和だし、成熟しきっていると思います。政治に無関心。でもそれでも問題なく、生きられる。3、40年前は、日本も、今の香港のようだった。違いを感じます。

――ただ若い世代は、世代会計(個人が一生の間に税金や社会保険料など国に支払う額[負担額]と年金や医療保険など国から受け取る額[受益額]を、世代別に推計して、世代間格差を示す指標のこと)などにも示されているように、大きなマイナスを抱えています。そんなこともあり、青木さんは活動を始められた。

青木 その問題を伝えていきたいと考えています。だが、なかなかリアリティーがもてる話ではない。将来ヤバイとなる話に過ぎないですから。それをどう伝えていくかは難しいと思っています。

――青木さんたちは、全国で模擬投票をしましたよね。関心は持たれなかったのですか。

「若者とお年寄りまでもが共に支え合える社会を!!」という自身の目指す社会像を示すフリップをもった青木大和さん(筆者撮影)拡大「若者とお年寄りまでもが共に支え合える社会を!!」という社会像を示すフリップをもった青木大和さん(筆者撮影)
青木 そうです。なかなか関心を持ってくれない。それに若い世代がいないんです。2013年の参議院選挙の時に、iPadをもって全国を回って、10代の方々に1票投じてくださいという活動をしたわけです。2週間で、全国12か所をめぐり、5000名に参加してもらいました。

 しかし、街頭でそのように声をかけても、投票してもらうには限界がありました。少子化で、若い人がいないんです。

 東京の渋谷ならもちろんいますが、仙台あたりでも、若い人、特に10代が見つからない。10代で、12、3の子は一人では街にいません。高齢者ばかりで、少子化を実感しました。

――2025年をターゲットイヤーと考えた場合、青木さんはこれからどうしていきたいのですか。青木さんは、その年には、31歳ぐらいですね。

青木 そうですね。僕は、今やっていることを色々な方々に話しているのですが、みな心の中ではいつか来る問題として解決する必要があると思っているようです。だから応援してはくれます。でも支援にはなっていないのです。そういう活動を組織的、継続的にやっていく必要を感じています。だから、組織的に挑戦していきたいと考えています。

 若い世代を中心に、SNSの影響もあり、やりたいことを発表すれば、知名度もあがるという環境はできています。そのように、個が活躍できる時代になったがゆえにこそ、彼らの声をひとまとめにして動いていけるリーダーになりたいと思います。

 個で闘うことは重要だし、個で闘うことは目立つし、メディアも個をクローズアップするけれども、大きな力を発揮するには組織で闘うことが実は必要であると考えています。

――政治家(国会議員)になる考えはありますか。

青木 自分は今20歳で、衆議院選に出られるのは25歳なので、まだ5年間あります。25歳になったら国政に出馬すると、「ぼくいち」のメンバーには言ってはいます。そこに向けて、僕自身も、組織が軌道に乗って、楽しくなってきた時期なので、自分がいなくても組織がうまく回るようして、組織が目指すことが広がるようにしていきたいと思います。またロビー活動などのように政治的に解決していくべきこともでてくるので、それに関しても先陣を切ってやっていきたいと考えています。

――本日はありがとうございました。

鈴木崇弘のコメント
 本記事で紹介した青木大和さんは、日本における若者と政治の関係に大きな一石を投じました。その結果、高校生など10代の若い世代の間でも、政治への関心が高まっているのです。そして、青木さんは、自身が若い世代であるがゆえに、若い世代のロールモデルになっていて、同様な活動をする若い世代が、徐々にですが増えているように感じます。それは、日本社会全体でみた場合、非常に重要なことです。このことは、青木さんが、インタビューの中で、「真似できるモデルをつくったことが自分の功績」だと指摘していることにも重なります。

 また、青木さんの凄いと思うところは、自分の経験から学び、自分のやり方を絶えず改善していることと、自分ですべてをコントロールせず、任せるところは任せて、組織的に対応することで、社会的に広まり、社会を変えていこうとしていることです。

 社会が複雑化し、問題が深刻化する中、それらの課題に個人で対応していくことは今後ますます難しくなります。それに対して、SNSだけに頼らず、個人プレーだけに頼るのでもなく、チームプレーで対応することが大切だと考えています。

 青木さんは、まさに現在そして今後の一つのリーダー像を示していると思います。 青木さんは、まだ若い。多くの問題や出来事も起きるでしょう。それらの多くの経験が彼を育ててくれることを期待しています。

NPO法人「僕らの一歩が日本を変える。」(略称、ぼくいち)
14歳から21歳までの学生22人で運営しているNPO法人(2014年10月に法人格取得)。「若者による社会おこし」を掲げ、「若者と社会が共にポテンシャルを開花させる機会を創り出す」ため、「高校生100×国会議員」をはじめとする若者の社会参加を促す活動をおこなっている。
青木大和(あおき・やまと)
若手活動家/慶應義塾大学法学部政治学科2年/NPO法人「僕らの一歩が日本を変える。」創設者/前代表理事。1994年3月9日生まれ。15歳にて単身渡米。米国の社会活動へ参加する中でオバマ選挙を目の当たりにする。日本と米国の若者の社会参加、政治参加の差を実感し、帰国後の2012年、「僕らの一歩が日本を変える。」を創設。「高校生100人×国会議員」、「未成年模擬選挙」「全国行脚」などの数多くの仕掛けを行った。2014年には「社会をおこして、明日をつくる」というテーマを掲げ、「若者と社会が共にポテンシャルを開花させる機会を創り出す」ことを目指したNPO法人「僕らの一歩が日本を変える。」へ法人化させた。若手活動家として多くのメディアで注目されている。

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筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授

1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです