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人質事件、「積極的平和主義」と日本人のリスク

イスラーム文明に対する日本文明の役割とは?

小林正弥 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

十字軍に加わったとみなされた日本

 イスラム過激派組織「イスラム国」のメンバーらしき男が日本人二人を拘束して、2億ドルを要求して72時間以内に支払わなければ殺害するとネット上の動画で予告した(1月20日)。日本政府が期限と目した時刻は過ぎたが、まだ安否は定かではない。

 その動画は、安倍首相の中東訪問を伝えるNHKのニュースで始まり、英語で「中東地域への援助と円借款を発表し、地域の過激主義の広がりに懸念を示した」と伝えるシーンや安倍首相の演説場面を映し出してから、「日本の政府と国民へのメッセージ」という題名が現れる。

 そして、黒い覆面の男がナイフを振りかざしながら「日本の首相へ。あなたは『イスラム国』から8500キロ以上も離れているのに、自ら進んで十字軍への参加を志願した」「『イスラム国』と戦うために2億ドルを支払うという馬鹿げた決定をした」と非難して、それと同額の身代金を要求した。

 つまり、この覆面の男たちは、安倍首相が十字軍への参加を志願したとみなして、このような殺害予告を行ったわけである。

「イスラム国」は安倍首相のメッセージを誤解したのか?

 実際には、日本政府は軍事的に十字軍に加わろうとしたわけではなく、「イスラム国」から逃れた難民や避難民への支援として、周辺諸国に2億ドルの拠出を約束したのであり、非軍事的な人道的目的のためのものである。だから、日本政府から見れば、これは完全な誤解であり、現在は、この真実を伝える努力が続けられている。

2012年1月、母親の石堂順子さん(左)の誕生記念の会食で写真におさまる後藤健二さん=家族提供拡大2012年1月、母親の石堂順子さんの誕生記念の会食で写真におさまる後藤健二さん=家族提供
 日本政府の立場を尊重する人びとは、中東地域全体への25億ドル相当の支援において非軍事的人道支援という点で政策変更はなされていないから、日本政府に責任はない、としている。そして、この件で日本政府の責任を問うのは、ためにする政治的議論であり、慎むべきである、と主張している。

 これに対して、日本政府の責任を問う声もある。安倍首相の演説はイスラーム過激派からは敵そのものであるイスラエルで行われ、この事件が起きた後もそのスピーチはイスラエル国旗を背景に行われている。

 また、安倍首相が約束した周辺諸国への2億ドルの供与は、イスラム国と一定の関係を保っているトルコには行われず、さらに、安倍首相のスピーチが、誤解を招きやすい英語に翻訳されていた、という指摘もある。

 しかも、すでにフリージャーナリスト・後藤健二氏の妻が2014年11月から今年1月にかけてイスラム国関係者からの20億円超の身代金を要求され、それを警察に通報していたことが明らかになっている。だとすれば、それを知った上でイスラエルで首相がこのようなスピーチをすることは、イスラム国を刺激するリスクを犯したことになる。

「積極的平和主義」のアピールが呼び起こすもの

 この論戦でどのような立場を取るにしても、明白なのは、安倍首相が中東を訪問しイスラエルという地で積極的平和主義をアピールしようとしたことが、この殺害予告ビデオへとつながったということである。 ・・・ログインして読む
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筆者

小林正弥

小林正弥(こばやし・まさや) 千葉大学大学院社会科学研究院教授(政治学)

1963年生まれ。東京大学法学部卒業。2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学公共研究センター共同代表(公共哲学センター長、地球環境福祉研究センター長)。専門は、政治哲学、公共哲学、比較政治。マイケル・サンデル教授と交流が深く、「ハーバード白熱教室」では解説も務める。著書に『対話型講義 原発と正義』(光文社新書)、『日本版白熱教室 サンデルにならって正義を考えよう(文春新書)、『サンデル教授の対話術』(サンデル氏と共著、NHK出版)、『サンデルの政治哲学 〈正義〉とは何か』(平凡社新書)、『友愛革命は可能か――公共哲学から考える』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」――日本人に闘うディベートはいらない』(講談社+α新書)、『神社と政治』(角川新書)など多数。共訳書に『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』(ハヤカワ文庫)など。

 

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