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米大統領の「イスラム国」への宣戦布告の危うさ

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 米国のオバマ大統領がイラクとシリアにまたがるイスラム過激派組織「イスラム国」に対する空爆を拡大することを宣言した。「テロとの戦い」の論理を前面に出して、軍事行動をとるのは、オバマ大統領としてはイスラム国への宣戦布告ともいえるものだが、この大きな転換は多くの危うさを含んでいる。

「イスラム国」の国旗となっているイスラムの黒旗が目立ったカイロのタハリール広場でのサラフィー主義者の大規模集会=2012年11月、川上撮影拡大「イスラム国」の国旗となっているイスラムの黒旗が目立ったカイロのタハリール広場でのサラフィー主義者の大規模集会=2012年11月、川上撮影
 オバマ大統領は9月11日の演説で、まず「2つのことを明確にしたい」と言い、第1点は「イスラム国はイスラム的ではない。どんな宗教も無実のものを殺さない」とし、第2点は「イスラム国は国家ではない。元々はアルカイダに属し、それを承認している政府もなければ、従っている民衆もいない。単なるテロ組織だ」と述べた。

 オバマ大統領は「宗教は無実のものを殺さない」とイスラム国を批判するが、3年半で16万人以上が死んだとされるシリア内戦で、アサド政権による無差別攻撃でどれだけの無実の人々が死んだかを考えれば、昨秋、アサド政権への空爆を断念したのに、今回、なぜ、シリアのイスラム国への空爆を決断したのかという大きな疑問が出てくる。さらに今年7月から8月にかけての50日間に、イスラエル軍によるガザ攻撃で2000人以上のパレスチナ人が死に、その多くが民間人だったことを考えれば、同盟国であるイスラエルの非人道的な武力行使に対して米国はどれだけ真剣に対応をしたのかも問われるはずだ。

 イスラム国への空爆について「正義」を語るオバマ大統領は、中東での米軍の軍事介入がいかに否定的に見られているかを自覚していないようだ。米軍がイスラム国を攻撃すれば、それだけで中東・イスラム世界では、イスラム国への支持が強まることになる。空爆が続けば続くほど、イスラム国は米国によるイスラム教徒の「受難」の象徴となり、世界中から「イスラム国を救え」と言う声があがり、イスラム教徒の若者が「ジハード(聖戦)」のために集まることになりかねない。

 9・11米同時多発テロの後に、ブッシュ大統領は、「文明の側に立つか、野蛮の側に立つか」と世界に二者択一を求め、「対テロ戦争」に踏み込んだ結果、世界を分裂させ、米国自体も軍事的に外交的に深い傷を負った。その二の舞になってしまいかねない。

 オバマ大統領は「イスラム国はイスラム的ではない」として、まるで一般のイスラム教徒からは切り離された特殊な存在と考えているかもしれない。しかし、イスラム国が実施しているような厳格なイスラム法の実施を求める「サラフィー」と呼ばれる厳格派は、イスラム教徒の中で例外的な存在でも、孤立した存在でもない。

「イスラム法の実施」を求めて、カイロのタハリール広場にあつまり、イスラムの黒旗をふるサラフィー主義者たち=2012年11月、川上撮影拡大「イスラム法の実施」を求めて、カイロのタハリール広場にあつまり、イスラムの黒旗をふるサラフィー主義者たち=2012年11月、川上撮影
 例えば、イスラム国が「国旗」として掲げている「アッラーの他に神はない」と書かれた黒旗だが、エジプト革命後に「イスラム法の実施」を求めるサラフィー主義者がカイロ中心部のタハリール広場を埋めた2012年11月の大規模集会では、広場では黒旗が翻った。その規模には私自身驚いた。彼らが過激派というわけではなく、暴力を否定するサラフィー主義者が多い。しかし、思想的にはイスラム国と同根のサラフィー主義者が米軍によるイスラム国攻撃に強く反発することは、明らかである。

 オバマ氏は「イスラム国は国家ではない」とし、「従っている民衆もいない。単なるテロ組織だ」という。しかし、イラクでイスラム国が支配するスンニ派地域は、旧フセイン政権で軍や情報機関を担ったスンニ派部族が地元で勢力をはり、「対テロ戦争」を掲げたイラクの駐留米軍さえ4000人以上の死者を出した場所である。イスラム国が地元の民衆や部族を敵に回して、広い地域を支配していると考えることは難しい。

 私は6月にクルド地域政府の中心都市アルビルで、モスルから逃げてきた人々に話を聞いた時に、「私のおいはイラク・イスラム国に入っていった」というスンニ派男性の証言を聞いた。クルド系メディアはクルド地域政府の発表として、イスラム国に参加したクルド人がモスル陥落前は200人いたが、陥落後に400人になったと報じている。

「イスラム国」教育局から出された文書。9月の新年度の教育方針について書いている拡大「イスラム国」教育局から出された文書。9月の新年度の教育方針について書いている
 イスラム国の実態はよく分かっていないが、9月10日にイスラム国の教育局から9月に始まる新年度の教育についての決定が文書で公布された。インターネット経由で入手された文書によると、「無知を終わらせ、イスラム法を普及させ、科学と腐敗したカリキュラムに代えて、正しいイスラムのカリキュラムを導入するために、カリフはイスラム国に教育局を創設することを命じた」とする。イスラム国が力を入れる教育として「イスラム教義、軍事、医学、工学、化学、物理学、行政、農学、その他の科学」としている。

 決定によると、新年度の教育は9月9日にイスラム国の統制のもとで始まるとする。教育では「生徒も教師も男性と女性を分離する」とあり、女子生徒や女性教諭もいる前提となっている。カリキュラムでは「次のカリキュラムは廃止される」として、「音楽、芸術、哲学、社会学、心理学、歴史、地理、文学、キリスト教教育」が挙げられている。さらに教師への注意事項がいくつか挙げられ、中には「神が全てを創造したことに反するダーウイン理論に関わる科学を廃止する」というものもある。

 この教育方針には、欧米から批判がでるだろうし、イスラム教徒の中にも批判はあるだろう。しかし、イスラムの教えの厳格な実施を求めるサラフィー主義者の多くは、この方針を支持するだろう。さらに、アフガニスタンのタリバンが禁止していた女子教育が、イスラム国では教育方針として認められていることは、ある意味では〝進歩的〟といえるかもしれない。何よりも驚くべきは、米国が空爆を継続すると言っている時にも、新教育年度を始めようとしていることである。「従う住民もいない単なるテロ組織」というオバマ大統領の否定的な決めつけだけで戦争に動けば、イスラム世界から思わぬ反発を受けることになりかねない。

 米軍がイラクのイスラム国の空爆に入ったのは8月8日だが、その時、イスラム国は6月にモスルを制圧した後の第2次の大規模攻勢に出て、シンジャルやイラク最大のモスルダムなどを制圧し、クルド地区やクルドが支配する油田地帯のキルクークを脅かす勢いとなった。オバマ大統領はイスラム国に制圧されたシンジャルに住む少数派のヤジディ教徒数万人が水もない山間地に逃れて、「大虐殺の恐れがある」という人道危機を武力行使の最大の理由とした。しかし、米軍の空爆の中心はイスラム国が8月初めに制圧したモスルとアルビルの間の地域だった。

 一方で、山間に孤立したヤジディ教徒の救出作戦について、米国防総省は空爆から5日後の13日には「孤立していたヤジディ教徒は予想よりも少なく、多くは自立で脱出した」として救出作戦は必要ないと発表した。この経過を見るかぎり、米軍が空爆に踏み込んだのは、米国の利権と直接つながるキルクーク油田を抑えるクルド地区の防衛のためと考えるのが妥当であろう。

 カタールにいるスンニ派のイスラム宗教権威のカラダウィ師がツイッターで「私はイスラム国には考え方でも手法でも反対だか、米国が戦うことを受け入れることはできない。米国はもし、血を流すとしても、イスラムの価値のもとに戦うのではなく、自国の利益のために戦うのだから」と書いている。カラダウィ師は、カタールの衛星テレビアルジャジーラで人気の宗教番組「イスラム法と生活」を持ち、視聴者の質問に直接答えるなど、スンニ派イスラム世界で最も人気があり、影響力がある宗教者の一人である。

 中東・イスラム世界では、米国が中東に介入するのは、同盟国のイスラエルを守るためか、石油利権を守るため、という2つの理由しか信じられていない。オバマ大統領がイスラム国への空爆で「真の宗教」や「無実の者への殺害」など、正義や価値を唱えても、その言葉は、中東のイスラム教徒には全くと言っていいほど、信用されない。

 米国が始めたイスラム国との戦いでの最大の協力者がサウジアラビアだというところに、大きな矛盾もある。演説の前にオバマ大統領はサウジのアブドラ国王に電話をして、協力を要請したと報じられている。米国はサウジにシリアの穏健派反体制組織に支援の強化を求め、サウジで反体制勢力の訓練もするという。

 オバマ大統領はイスラム国空爆の理由として「野蛮な行為で、2人の米国人ジャーナリストの命を奪った」と述べた。「野蛮な行為」とはYouTubeの映像などで流れた斬首による処刑のことだろう。しかし、斬首による処刑は、サウジでも行われ、国際的人権組織アムネスティ・インターナショナルは人権違反として非難してきた。今年8月に出たアムネスティの資料によると、1985年から2013年までに2000人以上が処刑され、ほとんどの処刑が斬首によるとしている。今年8月4日から22日までの間に「少なくとも22人」が処刑されたとしている。

 斬首による処刑は、イスラム法の刑法規定であるが、エジプトなどイスラム法が法源として憲法に記載されていても「窃盗は手を切断」などハッド刑と呼ばれる身体刑を採用してはおらず、ハッド刑を実施しているのは、サウジやイランなどごく一部の国である。サウジはスンニ派でもワッハーブ派というイスラム厳格派がサウド王家と結びついて強い影響力を持っている。斬首処刑が、現代の人権感覚とは全く会わない「野蛮」であるとするならば、イスラム国の斬首処刑は「野蛮」だが、サウジの場合はそうではないという議論は成り立たない。両者の違いは、イスラム国は「反米」で、サウジは「親米」という以外にないだろう。

 イスラム国を「野蛮」と非難する米国の論理は、一見、人権意識などに基づいているように見えるが、同じく斬首を実施し、国際的な人権機関からも批判されているサウジと共闘することによって、両者が価値観を共有しているのではなく、利益を共有しているにすぎないことが露呈してしまう。

 イスラム国という「反欧米」のイスラム組織がシリア東部からイラク北部までの地域を支配するようになったのは、シリア内戦でアサド政権のとんでもない暴力に対する国際社会の無力、特に米欧の無力によって、現地の人々をイスラム国に追いやったためと、私は考えている。

 特に、今年1月から2月にかけて、スイスのジュネーブで行われたアサド政権とシリアの反体制組織「国民連合」との和平会議が無残にも失敗し、その後、アサド政権が軍事的な攻勢を強めたことで、自由シリア軍や国際社会とつながるシリア反体制派には将来の展望がなくなり、イスラム国が勢いを得ることになる。救いのない戦争の中で、政治解決に希望を失った住民が、イスラム国に流れたと考えるしかないだろう。

 オバマ大統領がイスラム国空爆の拡大を発表する前後のシリア情勢を見ると、反体制派の人権侵害記録センター(VDC)は、9月6日から12日までの1週間で、シリア国内での政権軍の空爆、砲撃による市民の死者は596人と発表した。その前週(8月30日~9月5日)の死者440人から急増している。特にイスラム国が支配するシリア東部のラッカが6人から60人に増え、政権軍によるイスラム国攻撃が激化していることが伺える。

 私はオバマ演説後にインターネットを通じて、シリアの反体制地域のアレッポに近いラスタンの反体制派「地域調整委員会」のアブドルバセト・ラジャブ委員長と話したが、「政権軍の攻撃が激化していて、この一週間で50人が死んだ。空爆や砲撃によるものだ。今日はモスクが爆撃され、礼拝に来ていた10人が死んだ」と語った。50人の犠牲者のうち、子供は7人、女性は5人という。事実を確認することはできないが、攻撃が激化している状況はVDCの報告書と通じる。

 ラスタンの反体制派は自由シリア軍系だが、ラジャブ委員長はオバマ大統領によるイスラム国空爆について「我々は米国に対して武器の提供や飛行禁止空域の設定などを求めてきたが、これまで何の支援も実現していない。米国は『人道的観点』などというが、アサド政権が虐殺を繰り返しているのに何もしなかった。ところが、(米国人が殺害されるなど、)いざ自分たちの利益が害されると、途端にイスラム国攻撃に出てくる。かつてアサド政権とイスラム国は協力関係だったが、この2カ月ほど敵対関係となっており、米国がイスラム国攻撃を行うのはアサド政権を助けることになる」と語った。

 驚くのは、米国が支持していると主張する自由シリア軍の間でさえも、米国に対する見方は非常に批判的だということである。米国によるイスラム国の攻撃が続けば、中東・イスラム世界での「反米」が強まることは避けられない。「イスラム国」をこれ以上肥大化させないで、イスラム国が支配する地域で、過激なイスラムを掲げる勢力を抑えるためには、シリアとイラクでの政治を正常化し、イスラム国を支援している地元の民衆や部族などの地元勢力を、イスラム国から離反させる方法しかないだろう。

 シリアの正常化とは、アサド政権の非人道的な暴力を食い止める国際的な取り組みを強めることであり、イラクの正常化は、マリキ前政権時代のシーア派支配によるスンニ派勢力の不満を解消する権力分有のシステムをつくることである。

 正常化の流れという意味では、イスラエルによるパレスチナ自治区への非人道的な攻撃を許さない仕組みをつくり、エジプトの軍事クーデターによって挫折した「アラブの春」後の民主化や政治的な自由などを実現することも必要である。それぞれ当然のことだが、それをしなかったことが、「イスラム国」に結果しているのであり、イスラム国を力で潰そうとすれば、さらに混乱を深めていくことになろう。

 ※記事初出: 2014/9/18 中東マガジン(朝日新聞社)

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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

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