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北大生「イスラム国」渡航未遂事件から見えるもの

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 シリアからイラクにまたがるイスラム過激派組織「イスラム国」に世界から多くの戦闘員が参加しているという。日本からも「イスラム国」へ行こうとした北大生が「私戦予備及び陰謀」の疑いで警視庁の事情聴取を受けた。東京の古書店主が「勤務地・シリア」と「求人」の張り紙を掲げ、応募してきた大学生を「イスラム国」に訪問経験があり、弊誌中東マガジンで「イスラム国訪問記」を寄稿した元大学教授の中田考氏に大学生を紹介したという。中田氏は、朝日新聞のインタビューによると、「イスラム国」の司令官に連絡をとり、学生のシリア渡航計画を伝えたという。警視庁の事情聴取に対して、学生は就職に失敗したために、死にたいと思って「イスラム国」に行こうとしたとも伝えられる。

 朝日新聞のインタビューで、中田氏は、「人生はおもしろく生きておもしろく死ねばよい。死にたいという人には『いいところがある』と伝える。ただし、普通は実際には行かないだろう」と語っている。この発言の意味するところは何だろうか。この発言を理解するためには、コーラン(クルアーン)にある次のようなくだりが参考になるかもしれない。

 「現世の生活は、遊びか戯れにすぎない。だが主を畏れるものには、来世の住まいこそ最も優れている。あなたがたは悟らないのか」(コーラン、家畜章)
 「来世のために、現世の生活を捨てる者に、アッラーの道のために戦わせなさい。アッラーの道のために戦った者には、殺害された者でもまた勝利を得た者でも、われは必ず偉大な報奨を与えるであろう」(同、婦人章)

 中田氏が語っている「人生はおもしろく生きておもしろく死ねばよい」というのは「現世の生活は、遊びか戯れにすぎない」というコーランの言葉とも通じるし、「死にたいという人には『いいところがある』と伝える」というのは「現世の生活を捨てる者に、アッラーの道のために戦わせなさい。われは必ず偉大な報奨を与えるであろう」というコーランの言葉に符合するだろう。つまり、中田氏は「人生はおもしろく生きて・・」というくだりでは、コーランに示されたイスラムの教えを語っていることになる。中田氏にインタビューした記者は、中田氏の言葉を伝えながらも、それがイスラムの教えだということには理解していなかったかもしれない。

 私は、中田氏とは今年9月に初めて会い、氏が「イスラム国」を9月上旬に訪問したことを知り、「イスラム国」訪問記の原稿を依頼し、原稿を中東マガジンにアップした。中田氏はイスラム宗教学の研究、特に「サラフィー」と呼ばれる厳格派の研究では日本では屈指の研究者であり、今年8月、「日亜対訳クルアーン」(作品社)を監修、出版した。自らイスラム教徒であり、「イスラム国」訪問記の中でも自ら認めているように、イスラム厳格派とも訳される「サラフィー主義者」なのである。ただし、「イスラム国」訪問記は中田氏が、研究者として「イスラム国」と距離を置いて見る視点で書かれている。いま、世界中の攻撃の対象のようになっている「イスラム国」について、数少ない現地からの報告であり、「イスラム国」を知るうえでも貴重な情報である。

 中田氏が「イスラム国」に行こうとする若者との関わりで「人生はおもしろく生きて・・」という言葉について不謹慎という受け取り方もある。中田氏は、自らイスラム教徒であり、イスラム法学を修め、イスラム厳格派とも訳される「サラフィー主義者」を自認する。中田氏は、「人生はおもしろく生きて・・」という言葉を、コーランの記述に忠実に従うイスラムの教えとして語っている。しかし、多くの日本人にとっては、イスラムはなじみが薄いために、中田氏の言葉が、宗教の言葉とは思いつかないということだろう。仏教やキリスト教の言葉であれば、多少、現実離れした表現であっても、それは宗教の教えを語っている象徴的な言葉として理解されうる。しかし、イスラムの場合には、それが宗教の言葉であるということ自体が分からないため、中田氏の言葉が誤解を受けることになっているように思える。

 サラフィー主義者が厳格派と訳されるのは、イスラムでは神の言葉と信じられている聖典コーランの記述を、厳格に解釈し、厳格に実行するという点についてである。さらに、イスラムでは神の道のために戦い、そのために死んでも、「神の報奨」を受けて天国にいくという考え、その一方で現世の享楽は価値のないもの、と考える傾向がある。それはサラフィー主義者だけでなく、イスラムの根底にある考え方である。

 ただし、中田氏は「イスラム国」に紹介した若者について、「ただし、普通は実際には行かないだろう」と語っている。これは、サラフィー主義者として、イスラムを厳格に実施することの難しさを語っているとも読むことができる。イスラム教徒であっても、自分の命は惜しいし、現世での成功や利益を実現したいと思うわけで、コーランの教えどおり、神の道のために、命も現世の利益も、なげうつのは、簡単ではないということである。

 さらにイスラムの教えでは「神の報奨」は神のために戦うことだけではなく、貧しい者や病める者、親を失った子供などを助けることによっても与えられる。今回の事件では、「イスラム国」で戦いに行くということばかりが強調されすぎて、イスラムが危ない宗教のように単純化されているのは、日本人のイスラム理解にとっては残念なことだ。中田氏自身が「イスラム国」訪問記の中で現地のムジャヒディン(戦士)から「防空システムを買い付けることができないか」と相談を受けたが、「そんなことは考えるだけ無駄だ」と諭した、と書いている。

 中田氏は、「最善の防空システム」とは、「イスラーム国が、欧米の一般の民間人、ジャーナリストや観光客にクルアーンが定める一時滞在者の安全保障を与えて受け容れ、イスラーム国中を自由に歩き回れるようにすることだ」と書いている。そのような考え方の根拠として、中田氏は、コーランの中に「もし多神教徒の誰かが、お前の許に滞在許可を求めてくれば、その者に入国許可を与えてアッラーの御言葉を聞かせてやり、それから彼を安全なところまで送り返してやれ。後略」(クルアーン9章6節)という記述があり、イスラム的に合法だと論じる。

 その上で、中田氏は「イスラーム国内に欧米人の民間人が溢れていれば欧米は絶対にイスラーム国を攻撃できない。防空システム構築は、軍事ではなく外交の課題なのだ。そしてイスラーム国の中でいかにクルアーンの教えが実践されているかを、欧米人に実際に来てその目で見てもらった上で本国に安全に送り返し、イスラーム国の実態について本国で報告してもらうことこそが、クルアーンが教えるイスラームの伝道の正しい方法なのだ」と書いている。

 日本人の一般的な感覚とすれば、訳の分からない学生が「イスラム国」に戦いに行きたいといってきても、思いとどまらせるの大人としての対応と考えるだろう。私自身もそう思うが、中田氏が「気軽に」と思えるような仕方で、「イスラム国」で自身が知っている個人的なつてに紹介するというのは、それもまたイスラム的な対応なのだということも分かる。私はイスラム教徒ではないが、中東の取材で、どこか知らない場所に取材に行くのに、まずは現地とつてがある人間を訪ねて、人を紹介してもらうように頼むことから始める。多くの場合は、非常に協力的である。その人が知っている人物の名前と連絡先を教えてもらうだけで、現地に行って、誰々の紹介で来たということを告げれば、それだけで十分に話が通じることになる。

 中田氏の「イスラム国」訪問記を読んでいても、中田氏自身が個人的なつてを頼って「イスラム国」に入っていることが分かる。最初にシリアの反体制支配地域に入ったのは、エジプトでの留学で知り合った友人の弟子たちがエジプトからシリアに入っているのを頼っての話という。現地に入ってたまたま現地の司令官と知り合いになり、そのつてで、招かれるようになる。中田氏の「イスラム国」訪問も、組織とのつながりというよりも、よりゆるやかな個人的なつながりに頼っていることが見受けられる。イスラム世界は、いくつもの国や言語、民族を超えて広がっているが、そこには開かれた個人のネットワークが重要な役割を果たしている。

 今回の北大生の「イスラム国」渡航未遂事件で見えてくるのは、「イスラム国」に入ろうとする北大生に、イスラムについての思想的な背景や組織的な背景などが希薄で、どうも現実感が薄いことである。イスラムの教えや現地の事情を知ったうえでの覚悟かと思えば、イスラム教には7月に中田氏の立ち会いで入信したばかりで、イスラムについての知識も、中東についての知識もほとんどなく、アラビア語も勉強し始めたばかりという。もともと学生や古書店主は中田氏とツイッターを通じて連絡をとるようになったという。中田氏の対応も含めて、ツイッターというSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)によって、組織ではなく、個人でつながり、関係性も脈絡も背景も希薄というのが、いまの時代を象徴しているように思える。

 もちろん、イスラム世界で個人のつてを通じて、簡単に紹介してもらえるということは、紹介者が紹介した者の身元を保証するということではなく、まずは会う機会をつくるのを助けるという意味あいである。会った後に、それぞれがどのような関係をつくるかは当事者の問題ということになる。中田氏も、「イスラム国」に行きたいと言ってきた大学生を、「イスラム国」の自分の知り合いに知らせるとしても、日本人が考えるような保証人のような立場ではなく、単に紹介者という立場に過ぎないだろう。イスラムの考え方では、人の人生は、それぞれ神に与えられていると考える。どのような人生になるかは、個々人と神の関係ということになる。

 私は、2012年夏に「サラフィー主義」について中東で集中的に取材し、記事を書いたことがある。その時の経験で言えば、組織ではなく、個人でつながっているというところに、イスラム厳格派の「サラフィー主義者」に共通するものを感じる。

 私がサラフィー主義に注目したのは、2011年の「アラブの春」で強権体制が倒れた後、イスラム穏健派のムスリム同胞団が選挙で躍進し、チュニジアやエジプトで議会の多数をとったが、その時には、同胞団の躍進だけでなく、「サラフィー主義者」の台頭の現象もあったためだ。サラフィー主義者は、コーランの教えを厳格に守り、男性は長いあごひげをたくわえ、女性は目だけを出したヌカーブというベールを着用することが多く、外見からして目に付きやすい。エジプトでもサラフィー主義は特殊な存在で、人口の3%から5%程度のごく少数だろうというのが一般的な見方だった。ところが、エジプト革命後の初の議会選挙ではサラフィー政党「ヌール(光)党」が、20%以上の議席をとり、同胞団に続いて第2勢力となり、エジプト国内だけでなく欧米にも衝撃を与えた。

 同じイスラム組織でも、ムスリム同胞団は、サラフィー主義者とでは、かなり異なる。同胞団は5人から7人の「ウスラ(『家族』の意味)」を細胞として、学習会や社会社会活動に参加し、それが地区、町村、地域、県など、それぞれのレベルで責任者をつくって、全国をたばねる最高指導部というピラミッド的な組織をつくる。それに対して、サラフィー主義者は、サラフィー主義のイスラム法学者のもとに、その法学者を個人的に信奉する人々が集まる形をとり、同胞団のような組織的な縛りは強くなく、イスラム的な社会活動や教育活動に参加するのも、個人の自由にまかされている場合が多い。同胞団組織は、指導部の決定が、組織の末端まで行き渡り、メンバーの間での学習を通じて見解などが統一される傾向が強いが、サラフィー主義者の場合は、活動のありかたはより自由である。

 サラフィー主義の活動家や宗教指導者にも何人もインタビューしたが、活動や組織のあり方も、それぞれに異なり、つかみ所がない印象だった。同胞団のメンバーに聞いたところでは、同胞団は、イスラムの実践では、社会の利益を重視して、コーランの文言も柔軟に解釈して、現実的に実践するのに対して、サラフィー主義は、コーランの文言を文字通りそのまま解釈し、人間が直面する社会の利益や現実よりも、神の意志に従うことを重視する、という。サラフィー主義者は、同胞団を、日和見主義で、妥協的と非難する。「イスラム厳格派」と言えば、組織として厳格で窮屈のように思うかもしれないが、コーランに示された神の教えに従うという大原則がある以外は、人間関係や社会事情、組織の利害などに縛られないという自由さを持つ。

 私がエジプトで知った家族ぐるみで同胞団に参加している家で、ひとりだけサラフィー主義者と行動を共にしている弟がいた。兄の一人に、その理由を聞いたら、「彼は自由を好むのだ」と答えた。サラフィー主義者の集まりである「イスラム国」についても、実施しているのはイスラムの厳格なルールだが、組織としては個々人が人のつながりで集まっている緩やかなあり方を想定したほうがいいのではないか、と考える。

 世界から多くの戦闘員が「イスラム国」に入っていると言われ、「イスラム国」によるインターネットを通じてのリクルートが行われていることが強調されるが、北大生の「イスラム国」渡航未遂事件をみるかぎり、組織的というよりも、ツイッターなどSNSを通じての個人的なつながりで動いていることが見えてくる。ツイッター革命と言われたチュニジア革命やエジプト革命が、組織的な指令や動員ではなく、組織に属していない個人がそれぞれデモ参加を呼びかけるメッセージを見て街頭に繰り出したのと同じようなあり方は、「イスラム国」にもつながっているかもしれない。

 いまの時代に、中東で、宗教の厳格な実施を掲げる「イスラム国」が出現するのはなぜか、そもそも「イスラム国」とはどのような存在なのか。それはいまの「世界」と「中東」と「イスラム」を理解するという3つのレベルで、私たちが考えなければならないことであろう。北大生「イスラム国」渡航未遂事件は、その唐突さや不可解さを含めて、いま私たちが生きている時代について考えるための材料にもなりうるだろう。

 ※記事初出: 2014/10/14 中東マガジン(朝日新聞社)


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

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