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[2]日本はすでに集団的自衛権を行使している

国家が「沙汰」を提供できない時、暴力の恐怖支配が始まる現実に向き合っているか

伊勢崎賢治 東京外国語大学大学院教授

 軍事行動における国際法上の根拠探しというのは、たとえそれが「言い訳」であっても、法治国家にとっては、当然の行為です。しかしながら、法治国家でありながら理解不能の行動を取った国があります。それが、日本です。

小泉政権はどこの国よりも早く参加を表明

拡大アフガニスタンを例に法の支配について説明する

 NATOの集団的自衛権の行使である「不朽の自由作戦OEF(Operation Enduring Freedom)」の下には、MIO(Maritime Interception Operation)というのがあります。アフガニスタンは海に接していませんが、その南にはインド洋が広がっていて、そこをテロリストが行き来し、パキスタンから侵入するかもしれない。それを海上で阻止しようというものです。

 そこに小泉政権の時に海上自衛隊が派遣されたわけです。給油給水活動ですね。どの国よりも早くこの自衛戦に参加表明をしたのが小泉さんでした。日本国内的には、特措法で乗り切ったのです。小泉人気に押されてか、“違憲性”は当時あまり問題にされませんでした。

 でも、これって、外国から見たら、日本は加盟もしていない軍事同盟の集団的自衛権の行使に参加したことになる。ちょっと日本の事情に詳しい外国人なら、すぐにこう思います。「あれ? 確か、集団的自衛権の行使って、憲法9条下では、できないことになっているんじゃなかったっけ」

 この後、2003年からは、陸上自衛隊を出します。イラクです。これも特措法です。自衛隊が派遣されたのは、国連決議が出されて後ですが、そもそもあれはNATOが割れた集団的自衛権の行使です。

 つまり、アメリカは、フセイン政権の大量の破壊兵器の保持を、自衛権の行使の根拠をしたわけが、国連が査察をやっているのに、それを待たずにアメリカが攻撃したわけです。これには、ドイツ、フランスでも、離反したわけです。そういう、同盟でも離脱者を出す集団的自衛権の行使に、わざわざ同盟国でもない日本が参加したわけです。

 少なくとも、イラク国民をはじめ、シリアなど周辺国にはそう見えます。我々は、9条下でも集団的自衛権の行使をすでにしているのです。9条があろうとなかろうと、今回の集団的自衛権の行使容認の閣議決定があろうとなかろうと、やってきたのです。

 この事実を、もう、看過してはなりません。日本の法理論の論議では整合性があると言っても、でたらめがすぎる。

アメリカによるホスト・ネーションづくり

 アフガンの話に戻ります。アルカイダを囲っていたタリバン政権ですが、2001年の「9・11」、それに対するアメリカの報復攻撃、それと一緒になって地上戦を戦ったアフガンの軍閥たちによって崩壊します。

 その後アメリカはどうしたか。ホスト・ネーションづくりを始めます。

 “国家”という概念が存在しなかったところで、2度とアメリカに歯向かわないネーションをつくる。まずは戦後統治です。といっても、日本を無条件降伏させたみたいには、ここはいかなかったわけです。タリバン政権は倒せても、アルカイダと共にその首謀者たちは、パキスタン側に潜伏し続けているのです。

 でも、この地に、二度とアメリカを攻撃するような政権をつくってはいけない。アメリカと一緒にテロリスト残党と戦ってくれる強力な親米の政権をつくらなくてはいけない。それがホスト・ネーションの樹立であり、ここからこれが、アメリカの対テロ戦の根幹のコンセプトになってゆくのです。

 まずは、暫定政権です。タリバンをやっつけた勝者たちを集めて組閣するわけです。軍閥たちですね。勝者たちが暫定政権の組閣をしたわけです。国防大臣はこの軍閥、内務大臣はあの軍閥、という感じで。こういうのをパワーシェアリングと言います。このお膳立ては、アメリカと国連、そしてドイツがやりました。

 後悔しても遅いのですが、悔やまれるのは、このときにタリバンを呼ばなかったことです。敗者であるタリバンに花を持たせなかったのです。ここで最初の間違いを犯したと、今反省しているのですが、当時はアメリカを本土攻撃したアルカイダと共犯で、アメリカが自衛戦を仕掛けた相手です。もしタリバンを暫定政権に参加させたらアメリカ世論がもたなかったでしょう。でも、国連の中では、そういう議論があったのです。残念です。この時、どんなチッポケなポストでもいいからタリバンを据えていたら、その後の、この戦争の展開は違ったものになっていたでしょう。

軍閥同士の内戦が再び始まる

 この後、舞台は東京に移ります。パウエル長官と小泉首相が共同議長となって第1回のアフガン復興会議が2002年1月、東京で開かれます。最良の親米国としての面目躍如というところです。

 日本のお茶の間では、この復興会議はどちらかというと「鈴木宗男議員辞職と田中眞紀子外相の更迭」を引き起こしたワイドショーのネタになってしまいました。でも、日本の茶の間だけでなく、世界の世論も、これから新しい国づくりの始まりだ、みんなで協力しなければならない。そんなイメージではなかったでしょうか。

 しかし、実は現場では大変なことが起きていました。タリバンに勝利した軍閥たち、勝暫定政権発足の集合写真でにこっと笑っているひげもじゃのおやじたちが、現地に帰ると隣同士で内戦を開始していた。つまり、タリバンという共通の敵がなくなって、ソ連を倒した後と同じことが繰り返されたのです。その時はこの事実をなるべく外に知らせないようにしました。なぜかというと、国づくりをみんなの国際支援でやるという明るいイメージが損なわれるからです。

 具体的にホスト・ネーションとは何か。何を目的にするか。「法の支配」であります。銃による支配ではありません。銃による支配というのは内戦です。それを「法の支配」に変える。法によって人間が支配される状況をつくる。これです。憲法を作ることから始めなければいけないわけです。

紙に書いた法だけでは人間を支配できない

 しかし、紙に書いた法だけで人間が支配されるのか。違います。2つの武力装置をつくらなければなりません。

 法の支配を実現する小宇宙。小宇宙の外は無法地帯です。これを卵に例えましょう。その殻が外から破られないように外敵から守るのが国軍の役目です。そして、

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筆者

伊勢崎賢治

伊勢崎賢治(いせざき・けんじ) 東京外国語大学大学院教授

東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防講座」担当教授。1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。国際NGOでスラムの住民運動を組織した後、アフリカで開発援助に携わる。国連PKO上級幹部として東ティモール、シエラレオネの日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を指揮。著書に『武装解除――紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、『紛争屋の外交論 ニッポンの出口戦略』(NHK出版新書)など多数。