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韓国の父親――映画『国際市場』

 朝の早い時間。氷点下の冷たい空気の中、まだ眠りから覚めない小さな娘さんを大切に抱いて、保育園に急ぐ若いお父さんがいる。

 この人に、頑張れ、と思う。あまりにも悲惨なニュースの多い昨今、こんな普通の風景に涙が出そうになる。

 シリアで亡くなった後藤健二さんにも小さな娘さんが二人いるという。「どうか娘たちが父親と暮らせるように」という奥さんの声を、深夜のBBCニュースで聞いた。

 朝早く家を出たのは、早朝割引きで映画を見るためだ。韓国で今空前の大ヒットになった『国際市場』、動員数はのべ1300万人を突破したという。人口5000万のこの国で、時々こういう「国民的映画」が出現する。

 映画は家族のために懸命に働いた一人の父親の物語だ。ベタな映画で、一般の人気に比べ、専門家の評価は低い。

 「独裁政権の問題など、政治的な部分にあえてふれないのはリアリティがない」という批判もあるが、私はむしろこういう「無色映画」が新鮮でいい。韓国の歴史はよくわかるし、東方神起の彼は格好いいし、それでいいと思う。そもそも、日頃から韓国をめぐる言説はあまりに政治的すぎる。

 さらに、この大ヒット映画には怒りや憎悪もない。1950年から現在まで、朝鮮戦争、ドイツの炭鉱への出稼ぎ、ベトナム戦争と、主人公は韓国現代史を象徴する過酷な場所に身をおいてきた。しかし、戦場からも日常からも攻撃性が排除され、さらに驚くべきことに、この映画には「悪役」も登場しない。

 映画は誰も責めない。唯一責められているとしたら、それは観客自身だ。自分はこの父親ほど家族のために努力しているだろうか。歯を食いしばって頑張る父親や夫を、私は知らなかったのではないだろうか。

 多くの韓国人が静かに内省する。その深い祈りのような時間をもたらしたのは、「お父さん」、寡黙で献身的な韓国の父親の生き様である。

「なぜ父親が法廷に?」

 多くの人々が、映画の中の「韓国の父親」に感動する。

 それをこの人はどう思っただろうか? ナッツ事件の被告となった元副社長の父親、チョ・ヤンホ韓進グループ会長は1月30日に行われた第2回公判に「証人」としての出廷が決まっていた。

 いったい父親としてなのか、最高経営者としてなのか。

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筆者

伊東順子

伊東順子(いとう・じゅんこ) フリーライター・翻訳業

愛知県豊橋市生まれ。1990年に渡韓。著書に『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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