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 コスタリカは熱帯にあるが、首都サンホセは標高約1200メートルの高地にある。軽井沢のようなものだ。だから涼しくてしのぎやすい。

首都の街で出会った女性警察官拡大首都の街で出会った女性警察官=撮影・筆者
 目抜き通りを歩いていたら女性の警官が二人、街角に立っていた。日本の警官と違って表情が優しい。「こんにちは」とあいさつした後、いきなり質問してみた。

 「あなたの国には平和憲法がありますが、侵略されたらどうするんですか?」

 彼女は言った。

 「軍隊を持ってしまうと、どうしても武力を使いたがります。それを避けるためにも、軍隊を持たないことは素晴らしい事です。もし侵略されたら、まず私たち警察隊が対応しますが、政治家が平和的に解決してくれると信じています」

軍隊をなくし平和を輸出

 コスタリカは日本に次いで世界で2番目に平和憲法を持った。日本の憲法が施行された2年後の1949年に施行されたのが現在のコスタリカ憲法だ。その第12条に「常設の組織としての軍隊は、これを禁止する」と明記した。

 日本と違うのは、完全に自主的に平和憲法を制定したことと、条文どおりに軍隊を廃止したままでいること、一方で交戦権は認めていることだ。

 侵略されたら大統領が国民に呼びかけて志願兵を募ることにしている。しかし、66年間、その必要はなかった。軍隊を持たずに平和を保っている。

 なぜ、自主的に軍隊をなくしたのか。

 憲法が生まれる前の年、1948年にこの国で内戦が起きた。選挙の不正をめぐって政治的な主張の異なる市民が武器を取って争い、約2000人の死者が出た。その反省の上に立って、武力による解決はやめようという発想が生まれたのだ。

 そんなきれいごとではなく、勝った方がクーデターを恐れて軍隊を廃止したのだという説もある。いずれにせよ、悲惨な内戦を体験したのがきっかけだ。

 もう一つは、国家予算に占める軍事費の多さだった。

 それまではコスタリカの毎年の予算のうち約3割を軍事費が占めていた。軍艦、戦闘機など軍事はカネがかかるのだ。

 貧しい途上国だけに乏しい国費を本当に役立つ事に使おうと考えた。国会で話し合ったさい、軍隊は社会の発展のためには役に立たなかったと言われた。では、何にカネを出せば社会は発展するのか。

 その結論が教育だった。一人一人が自分で考え自分で行動する、そんな自立した国民を育んでこそ社会は発展すると考えた。そこで大転換を決めた。軍事費をすっぱりやめて、そのまま教育費に替えようと決断したのだ。

 ここで生まれたのが「兵士の数だけ教師をつくろう」というスローガンである。「トラクターは戦車より役に立つ」「兵舎を博物館にしよう」とも言い、本当にそうした。首都中心部の国立博物館は、かつて軍部の要塞だった。

 軍隊をなくして、どうやって平和を保ってきたのか。 ・・・ログインして読む
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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) フリー・ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。著書に『地球を活かすー市民が創る自然エネルギー』『活憲の時代』『変革の時代』『ゲバラの夢、熱き中南米』(以上、シネフロント社)、『一人の声が世界を変えた』『辺境を旅ゆけば日本が見えた』(以上、新日本出版社)、『世界一周 元気な市民力』(大月書店)、『反米大陸』(集英社新書)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『闘う新聞ーハンギョレの12年』(岩波ブックレット)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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