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 「憲法違反」といえば大変なことだと思うだろう。だれかが違憲訴訟に踏み切ったと聞けば、ずいぶん思い切ったものだと驚きがちだ。

 だが、コスタリカでは小学生も政府を相手取って、最高裁判所に気軽に憲法違反の訴訟を起こす。

コスタリカ最高裁判所の建物。壁面に「正義の女神」像がある拡大コスタリカ最高裁判所の建物。壁面に「正義の女神」像がある=撮影・筆者
 コスタリカの首都サンホセの中心部に、白い高層ビルがそびえる。壁面の浮き彫りは「正義の女神」が天秤を頭上高く捧げる姿で、裁判の公正さを表す。

 正面の入り口を入ってすぐ右の部屋は、違憲訴訟を受け付ける「憲法裁判所」の窓口だ。

 憲法に書かれた権利を侵されたと思った国民は、ここに駆け込む。私が訪れたときも3人の男女が訴えに来ていた。

 建物の2階に、最高裁の裁判官22人が全員集まって会議をする大議事場がある。ここで広報担当であり憲法学者でもあるロドリゲスさんはにこやかに語った。

 「最高裁の事務は午前7時半から午後4時までですが、違憲訴訟の窓口は1日24時間、1年365日、休みなく開いています」

 自分の自由が侵されたとか束縛されたと思うなら、だれでも違憲訴訟に訴えることができる。

 本人でなくても関係者でもいい。弁護士も、訴訟費用もいらない。訴えの内容を紙に書けばいい。決まった書き方などなく、「新聞紙の端切れ」でもいい。パンを包んだ紙に書いた人もいた。ビール瓶のラベルの裏に書いた人もいた。わざわざ窓口に来なくても、ファクスで送ってもいい。最近は紙に書かなくてもよく、携帯のメールでも受け付けるという。訴えるのは外国人でもいい。

 「だれであろうと、人権を侵されたら、ここに来て訴えることができます」

 小学生も憲法違反で訴えるのだ。

 小学校の隣の施設でゴミが大量に投棄され汚染が広がった。臭いがひどく、落ち着いて勉強もできないし校庭で楽しんで遊ぶこともできない。そう思った生徒が「私たちの学ぶ権利が侵された」と違憲訴訟に訴えた。

 最高裁はこれを妥当な訴えだと取り上げ、子どもの環境に対する権利を認め、投棄したゴミを回収し、以後の不法投棄をやめるよう判決を下した。

 別の小学校では、校長先生が校庭に車を停めたために遊ぶ範囲が狭くなったと子どもたちが訴えた。

 最高裁の判決は、校庭は子どもたちが好きなだけ遊ぶ場所だと定義し、校長の行為は子どもたちの権利を侵害したとして、校長に車をどかすよう命じた。

 私たちの目から見れば「ささいな」ことのように思えることでも、権利の侵害はいささかでも放置しないという意識が根底にある。

 もちろん重大な違憲判断も行う。国会で審議中の税制改革の法案が取り上げられ、正当な審議プロセスを経ていなかったとして違憲の判断が下ったこともある。

 2003年に米国がイラク戦争を始めたとき、当時のコスタリカの大統領は米国の戦争を支持すると発言した。このため米ホワイトハウスのホームページにある米国の有志連合のリストにコスタリカが載った。

 これを見て大統領を憲法違反で訴えたのが当時、コスタリカ大学3年生だったロベルト・サモラ君だ。「平和憲法を持つ国の大統領が他国の戦争を支持するのは憲法違反だ」と訴えた。

 1年半後、彼は全面勝訴した。判決は「大統領の発言はわが国の憲法や永世中立宣言、世界人権宣言などに違反しており違憲である。大統領による米国支持の発言はなかったものとする。大統領はただちに米国に連絡しホワイトハウスのホームページからわが国の名を削除させよ」というものだ。大統領は素直に判決に従った。

 いやあ、日本とはだいぶ違う。日本では国民は憲法を身近に感じていないと言ったら、ロドリゲスさんはこう語った。「コスタリカでもかつては、憲法は図書館に飾ってあるようなものとしか思われていませんでした」と。

 しかし、コスタリカでは市民が憲法を自分たちのものとして使わなければならないという考えが高まった。このため1989年、憲法裁判所の制度が採用された。憲法をめぐる裁判を専門に審議する裁判所である。ドイツ型と呼ばれ、ドイツやフランスなどヨーロッパで一般的だ。日本はこれと違ってアメリカ型なのだ。

 コスタリカでは最高裁判所の中に4つの法廷がある。

 第1法廷は民事を、第2法廷は労働や家庭問題を、第3法廷は刑事を扱い、そして第4法廷がこの憲法法廷すなわち憲法裁判所である。

 憲法裁判所は7人の判事で構成される。そこに持ち込まれる中で最も多いのが基本的人権の侵害を訴える「庇護申請」だ。

 2014年はこれが9割を占めた。次に多いのが身体的な拘束や自由の保障で、全体の1割近い。そして最後が狭義の違憲審査で1.5%だった。コスタリカでも国の政策に関するような違憲訴訟は、日本と同じで少ないのだ。

 とはいえ、ゴミの回収や車を停めたことくらいで違憲訴訟になるのなら、何でも違憲訴訟になりそうだ。いったい年間に違憲訴訟は何件くらいあるのだろうか。ロドリゲスさんは資料を見ながら答えた。

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。主著に『凛凛チャップリン』『凛としたアジア』『凛とした小国』『9条を活かす日本―15%が社会を変える』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『地球を活かす―市民が創る自然エネルギー』(シネフロント社)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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