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バンクシーとグラフィティの政治

われわれは中立ではない

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

 「強者と弱者との紛争にまるで知らぬふりを決め込むなら、それは強者の側に味方しているということだ。われわれは中立などではない」(バンクシー、パレスチナ自治区のガザにて)

 2015年2月25日、社会風刺のグラフィティで世界的に著名な覆面アーティストであるバンクシー(Banksy)の4つのグラフィティとドキュメンタリー形式の映像作品が、新たにウェブ上で公開された。

 制作の場はパレスチナ自治区のガザだ。長い間イスラエル政府によって民間人たちが虐げられ、傷つけられ、無辜の民間人が数多く殺されてきた、あのガザ地区である。この明白な国際法違反行為の傷跡が生々しい場所で制作されたバンクシー渾身のアートワークに込められたメッセージは、これまでになくストレートだ。

 皮肉交じりの映像もじつに示唆的で、ジャーナリストの故後藤健二氏がわれわれに現地の惨状を伝えてくれたのと同様に、強者による弱者への暴力がもたらしたガザの悲惨な現状と、そこに暮らす人々の日常を教えてくれる。

バンクシーのサイトから拡大バンクシーのサイトから

 バンクシーによれば、2014年夏にイスラエルがガザに侵攻した際、イスラエル軍の空爆によってじつに1万8千棟もの家屋が破壊されて瓦礫と化したが、それ以後、ガザ地区にセメントを持ち込むことは禁じられているという。

 つまり、空爆によって建物と生活が破壊し尽くされているにもかかわらず、人々は街を再建できずにいるのだ。しかもガザの住民たちは、イスラエルによって三方を高さ10メートル以上もの頑丈なコンクリートによる隔離璧によって囲まれ、移住の自由を奪われるという劣悪な境遇に置かれている。

 このガザの状況は「世界最大の野外刑務所」だと呼称されるが、バンクシーは「刑務所にとって不当な物言いだろう。というのもガザでは(刑務所と違って)電気や水道が突然止まってしまうことが日常茶飯事なのだから」と述べ、イスラエル側の監視塔をモチーフにしたグラフィティを描くことでその様子を告発するのだ。

バンクシーのサイトから拡大バンクシーのサイトから

 さらに折れ曲がり丸まった鉄くずを毛糸玉に見立てて、それを玩具にして猫がじゃれているグラフィティも製作している。

 一見するとなごやかな作品だが、公開された映像では、猫のグラフィティの周りで遊ぶ子どもたちにはガザ侵攻の結果、何も遊び道具がないという強烈なコントラストが浮かび上がってくる。

バンクシーのサイトから拡大バンクシーのサイトから

 じつはバンクシーがパレスチナを訪れたのは今回が初めてではない。

 2005年にもヨルダン川西岸地区のイスラエル側が建てた隔離璧にグラフィティを描いている。

 バンクシーが世に送り出す芸術作品の鉾先は「強者と弱者との紛争にまるで知らぬふりを決め込むなら、それは強者の側に味方している」ことになるのだとして、強者のみならずガザでの出来事について、関係のない傍観者であるかのようにダンマリを決め込んでいるわれわれ一人ひとりにも直接向けられていることは云うまでもない。

 身の回りの風景から一例を挙げてみよう。

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筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

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