メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

チュニジアの博物館襲撃を読み解く(下)

暴力の連鎖を避ける道

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 チュニジアの首都チュニスでの博物館襲撃事件の後、シリアとイラクにまたがるイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)から犯行声明が出た。

 「カリフ国から2人の騎士を送った。それはチュニス人のアブザカリヤと同じくチュニス人のアブアナスであり、機関銃と手投げ弾で武装し、チュニジア議会の隣にある博物館を狙って、神の恐怖を背信者たちの心に入れた」と書いている。

博物館襲撃事件の翌19日に撮影された映像。壁に銃弾の跡が生々しく残っている=チュニジア・チュニス、関係者提供拡大襲撃事件の翌日に撮影された博物館内の映像。壁に銃弾の跡が残る=関係者提供
 実行犯の「アブザカリヤ」と「アブアナス」は戦士名であるが、声明によって新たに明らかになる事実がないことから、この声明が「イスラム国」(IS)から正式に出されたものかどうかは確認できない。

 文章は起こった事実を短く記述しているだけで、イスラム的な宗教表現が少なく、あっさりとした内容である。

 「イスラム国」(IS)に関係のある部門が声明を出したとしても、「イスラム国」が作戦を指示したものであれば、作戦の詳細や称賛の言葉が長々と入るのが普通である。

 声明が簡略なものになっているのは、地元グループが計画、実行して、後付けで「イスラム国」(IS)の声明が出たものと考えられる。

 一方、北アフリカで活動する「北アフリカ諸国のアルカイダ」に近いとされる「ウクバ・ビン・ナフィア軍団」を名乗る武装組織の犯行声明も出ている。

 この軍団は、現場で射殺された実行犯の一人の出身地であるアルジェリア国境に接するカスリーン県で活動する組織。カスリーン県にあるシャンビ山に、アルカイダ系組織の拠点があり、軍・治安部隊の掃討作戦の焦点となっており、そこから首都にテロが飛び火したという可能性もある。

 チュニジアでの報道によると、現場で殺害された実行犯の二人ともリビアに軍事訓練に行っていたのではないかという。

 うち一人は、イラクに行ったのではないかと、家族が言っている。チュニジアからはこれまでに「イスラム国」(IS)に3000人、リビアに4000人が入ったとされているので、もはや珍しいことではない。

 チュニジアのサラフィー主義の代表的な組織である「アンサール・シャリア」は2013年夏に「テロ組織」として非合法化された。

 最高指導者のアブ・イヤードは「イスラム国」(IS)支持ではなく、アルジェリアを中心に北アフリカで影響力を持つ「北アフリカ諸国アルカイダ機構(AQIM)」との関係が強いとされる。2014年6月には、アブ・イヤードはアルカイダと「イスラム国」(IS)の対立について、「イスラム組織間の和解」を求める声明を出したとの報道もある。

 一方、リビアにも「アンサール・シャリア」という同名の組織がある。同じく「戦闘的サラフィー主義」の立場だが、チュニジアのものとは別組織である。

 リビアの政府が分裂し、民兵組織が割拠する中で、リビアの「アンサール・シャリア」が同国東部に勢力をはる強力な武装組織であり、2014年11月に「イスラム国」(IS)への忠誠を誓った。

 今年に入って自ら「イスラム国」(IS)を名乗り、エジプト人のキリスト教徒の出稼ぎ労働者20人以上を海辺に並べて斬首殺害するなど、「イスラム国」(IS)にならったように残虐行為を行っている。

 今回のチュニスの博物館襲撃の実行犯 ・・・ログインして読む
(残り:約1384文字/本文:約2714文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

川上泰徳の記事

もっと見る