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人間関係でつながるサラフィー主義

 イスラム厳格派のサラフィー主義の取材が難しかったのは、強固な組織を持つ同胞団に比べて、組織の実体がつかみにくいということだった。

 カイロのタハリール広場で行われたサラフィー主義の大規模集会で話を聞いた若者たちの多くが、「特定の組織には属していない」と語ったように、サラフィー主義者にとって、組織は重要ではなく、著名なサラフィー主義の宗教者への傾倒を語る。

 サラフィー主義の宗教者の中には衛星テレビ局を所有している者もいる。イスラム教徒がサラフィー主義に関心を持ったら、サラフィー主義を説く宗教者が説教をするモスクの金曜礼拝に行って、説教を聞き、さらにその宗教者やモスクが実践している貧困救済などの社会運動や教育運動などに参加することになる。

サラフィー主義は自由?

 サラフィー主義にも組織はあるが、ムスリム同胞団ほど重要ではなく、宗教者に個人的に師事するというより緩やかな人間関係でつながっている。一方、同胞団のような組織の縛りは弱いということになる。

 同胞団メンバーは助け合う関係が強いため親子や親戚同士など家族で入っているケースも多い。私が取材したことのある同胞団の家族では、4人兄弟のうち3人が同胞団メンバーだったが、末弟だけがサラフィー主義だった。同胞団のメンバーに「なぜ、弟はサラフィー主義なのか」と質問したところ、「弟は自由が好きなのだ」と答えた。

 イスラムの考え方では同胞団は穏健で現実的だが、より厳格にイスラムを実行するサラフィー主義の方が「自由」というのは、分かりにくいかもしれない。しかし、同胞団の場合は組織によって縛られるが、サラフィーは神の教えに厳格に縛られるだけで、組織の縛りが弱いということは「自由」ということになる。

 イスラムの解釈や実施では、同胞団は「公共の利益」を重視しつつ、現実に合った形で、イスラムの教えを柔軟に解釈する。それに対して、サラフィー主義は、神の啓示であるコーランを、言葉通り、厳格に実施する。

 つまり、同胞団のほうが現実的であるために、組織の決定によって解釈が変わり、行動も変わることになる。サラフィー主義者の間に、同胞団に対して「日和見的」という批判が強い。

サラフィー主義のグループがカイロで行っている女性のための識字教室。教師は女性のサラフィー主義者で、目だけをだすベールをつけている=2012年11月拡大サラフィー主義のグループがカイロで行っている女性のための識字教室。教師は女性のサラフィー主義者で、目だけをだすベールをつけている=2012年11月
 サラフィー主義の取材で、宗教者や活動家に会ったが、行く先々で「サラフィー主義とはイスラムの生き方だ」と言われた。 ・・・ログインして読む
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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

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