メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

背後にある公安警察のかげ

 「アラブの春」でのサラフィー主義の台頭には、不可解なことが多い。

 若者たちにサラフィー主義が広がったのは、政治的な経験や知識の蓄積のない若者たちの前でいきなり政治の季節が開いた時に、「イスラムの実現」が解決策のように思えたということだ。

 しかし、選挙の経験もないサラフィー主義者が、自由選挙で25%の議席をとるような組織力を持ったのはどうしてなのかは、簡単には説明できなかった。

 2012年11月にサラフィー主義について取材している時に、エジプトを代表する人権運動家であるエジプト人権機構の事務局長ハーフィズ・アブサーダ弁護士が、サラフィー主義と公安警察との関係を指摘した。

 アブサーダ弁護士はこう語った。

 「サラフィー勢力は革命前から存在し、政府や公安警察と協力し、イスラム教の宣伝活動やメッカ巡礼の旅行業務を行い、大きな利益を得ていた。革命中や革命の後も、サラフィー勢力は公安警察と協力して、警察を守ったり、国会などの国家機関がデモ隊に襲撃されるのを守ったりしていた」

ムバラク時代のサラフィー主義勢力

 アブサーダ弁護士はエジプト革命に参加した民主化運動の活動家でもあったが、国会の前でデモをして治安部隊と対峙していた時に、反対側には10張りほどのサラフィー勢力のテントがあるのを見て驚いた、と語った。「ムバラク体制が崩壊した後、サラフィー勢力は公安警察と協力して、ムスリム同胞団に対抗して、政党を結成することを真剣に考え始めた」という。

 アブサーダ弁護士の話を理解するためには、ムバラク時代の最大の体制批判組織であるムスリム同胞団とサラフィー主義の関係を知る必要がある。

 同じイスラム組織でも、同胞団は政治団体である。イスラムを掲げて、貧困救済や識字運動や職業訓練、病院経営など全国的に幅広い活動を行っているのも、国民の支持を集めて、選挙で勝利し、政権をとって、イスラムに基づいた国をつくるという政治的な目的のためである。

 それに対して、サラフィー主義勢力は政治的ではなく、宗教に専念し、その延長で社会活動も行っていると考えられていた。

 ムバラク政権は公安警察を使って同胞団を弾圧する一方で、サラフィー主義を支援し、利用していた。思想的には同胞団も「サラフィー主義」を唱えているが、すでに書いたように、サラフィー主義勢力の間には「同胞団はイスラムの教えを政治的に都合よく解釈している」という批判がある。

メッカ巡礼の利権

 アブサーダ弁護士がサラフィー勢力の関連で「メッカ巡礼の旅行業務」について語っているのは、重要な指摘である。

 それについて、弁護士は「多くの警察官幹部が、エジプトからサウジアラビアのメッカ巡礼や小巡礼の組織や手配のために、サラフィー関係者と連絡をとり、協力関係にある」と語った。

 年1回、世界にイスラム教徒が200万人以上集まるメッカ巡礼や、断食月に行われるウムラと呼ばれる小巡礼の旅行業務に公安警察と協力して関わっていたのが、サラフィー勢力である。

 メッカ巡礼はイスラム世界では最大の行事であり、エジプトだけでも20万人ほどが動く。 ・・・ログインして読む
(残り:約4635文字/本文:約5943文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

川上泰徳の記事

もっと見る