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[9]アルジェリアの暴力、ガザで見た石つぶて

川上泰徳 中東ジャーナリスト

アルジェリアの悲劇

 90年代にイスラム過激派の脅威と言えばアルジェリアだった。91年末に実施された複数政党制による総選挙の第1回投票でイスラム救国戦線(FIS)が8割の議席を獲得して圧勝したが、軍部がこれを無効とし、翌92年、軍人で構成する最高国家評議会を設置した。事実上のクーデターである。

 軍事政権はFISの幹部やメンバーに対する大規模な弾圧を始めた。それに対してイスラム勢力ではアフガニスタンで戦闘経験がある人間がつくった過激派組織「武装イスラム集団(GIA)」が影響力を強め、軍・治安部隊との間で10年に及ぶ抗争が始まり、15万人が死ぬ悲劇となった。

 アルジェリアで90年代に起こったことは、イスラム過激派の問題だけでなく、イスラム世界での民主化の問題や国際社会の対応など多くの教訓を含んでいる。それは現在の「アラブの春」後の中東情勢や「イスラム国」(IS)の出現を考える上でも重要な先例となるはずである。

 アルジェリアに取材で入ったのは1995年11月の大統領選挙と97年6月の総選挙の時の2回で、いずれも選挙の投票日前後の取材である。毎年1万人以上が死んでいる事実上の内戦が続く中、私の中東取材で最も緊迫した取材となった。

治安の混乱の元で実施されたアルジェリア大統領選挙の投票風景=1995年11月、川上撮影治安の混乱の下、実施されたアルジェリア大統領選挙の投票=1995年11月、撮影・筆者
 95年の大統領選挙では軍出身の現職大統領と、穏健派イスラム政党党首の一騎打ちとなった。

 91年選挙で勝利したFISは選挙をボイコットした。FISの幹部は刑務所に収監されているか、自宅軟禁中だった。

 軍事政権が政権の正統性を国際的にアピールするための選挙であって、最初から結果は見えていた。アルジェ入りは選挙取材という機会を利用して、アルジェリアの様子を見ることが目的だった。

 アルジェ空港に到着した時から情報省が迎えにきて、軍による護衛がついた。

 外国メディアの記者はすべてアルジェにある広い敷地を持つ大型ホテルに宿泊することになった。選挙運動を見たり、投票所を取材したりするのも、情報省の役人が付き、武装した軍の車両が前後に護衛するバスによる移動となった。

 イスラム過激派によるテロは首都アルジェで頻発しており、政府系施設だけでなく、ジャーナリストや外国人も標的となっていた。

 そのような厳しい安全対策がとられるのはやむを得ないことだが、市民に自由に話を聞くことができないのは明らかだった。

爆弾を確認しながらの取材

 私とたまたまカイロで知り合ったアルジェリアのアラビア語新聞の元編集長がいた。

 過激派から脅迫を受けたために、家族とともにアルジェを離れて、カイロに避難していた。アルジェ入りの前に、その元編集長が働いていた新聞社の同僚記者に連絡してもらって、現地で話を聞くことになっていた。しかし、現地での選挙取材に全く自由がないため、その記者に車を用意してもらって、安全が確保できる範囲で、市内の取材をすることにした。

 現地記者とは、外に取材に出る前に、どのようにすれば安全を確保できるかを話し合った。記者によると、アルジェの中でも過激派の影響力が強い地域では、いたるところに見張りがいるため、そのような地域を避けて移動することと、どのような場所でも、通りで人々の話を聞くことはしない、という原則を確認した。

 投票当日の新聞に掲載された記事に次のような市民の反応がある。

 <街に選挙ポスターがはんらんするアルジェ市内ハイドラ地区の喫茶店主(40)は「主な政党が参加していない選挙は意味がない。政府の音頭とりで行われる選挙で安全が回復される保証は何もない」と悲観的な見方を示した>(1995年11月16日付「朝日新聞」朝刊)

 新聞では5行ほどの市民の談話だが、情報省の案内と軍の護衛がついたメディアツアーでは、選挙に対する否定的な市民の声を聞くことはできない。ここで登場する喫茶店主は、現地の記者が用意した車で行ったカフェの店主の話である。

 カフェはオープンテラスで通りとつながっているが、私たちはカフェの中に入り、さらにその奥のドアをあけるとその奥に部屋があった。店主はドアを閉めて、「さて何を聞きたいですか? あっ、その前に飲み物は?」と笑った。

 何カ所かで話を聞いたが、車に戻ってくると、私や現地の記者が車に乗る前に、運転手はまず後ろのトランクを開けて、中から水が入ったタンクを取り出して、それからボンネットを開けて、エンジンに水を入れた。

 それから私たちも車に乗り、発進する。車に乗るたびに一回一回、この動作を儀式のように繰り返した。

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