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いま、憲法論争が沸かないのはなぜか?(下)

苛酷な労働と覗き見情報による世論の拡散と空洞化

三島憲一 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

 戦後政治の分岐に関する過去の大きな議論に比べて、いっこうに「国論が沸騰」しないのは、溢れる情報のせいもあろう。

 ドイツの飛行機は信じられない墜落をするし、プーチンが核兵器をほのめかすし、アメリカとキューバは仲直りするし、オリックスは予想に反して連敗するし、国会サボって怪しげな旅に消えた女性議員も出てくるし、上戸彩はおめでただし、ドリル姫も明治座で、いや群馬県でがんばっているし……人々の関心はどんどん分散させられる。安倍総理は本当に運がいい。

 脱原則論、脱争点化、技術論化、そしてわれわれは「ついつい見てしまう」「面白い」「覗き見的な」情報の海のなかで溺死寸前。

 だいたいがプレカリアートと言われる非正規で働く市民たちは、生活に手一杯であっぷあっぷ。正規雇用のサラリーマンも中間管理職は遅くまで仕事、仕事、そんな議論につき合う余裕がないだろう。見るのは「面白い」インフォテインメントだけだ。

 苛酷な労働と覗き見情報の楽しみによる世論の拡散と空洞化——これが憲法論争の2015年5月の状況だ。

 検閲がはびこり、はっきり意見を言う人には朝早く特高がお迎えにくる。待っているのは拷問——そういう戦前の時代とは議論状況が異なる。世論の空洞化はずっと手が込んだ形で進行している。

 誰も逮捕されないが、批判的意見は一部の夕刊紙の罵倒とからかいだけになる。溜飲はさがるが、下車駅までの快楽だ。

 またの名ボルサリーノ公の麻生財務大臣が香港の記者に「日本は言論の自由がある」と威張れるところが、そして横にいた取り巻きエリート記者たちが一緒に笑うところが味噌だ。言論の自由のなかで空洞化と自粛が機能している。

航空観閲式で、オープンカーに乗って巡閲する安倍首相=26日午前、茨城県小美玉市の航空自衛隊百里基地20141026拡大「わが軍」の行方は?=2014年10月、航空自衛隊百里基地の航空観閲式で
 そういうなかで安倍総理はアメリカ合衆国の傭兵隊長役を買って出ている。これは皮肉にも安心材料だ。

 アメリカは、日本だけの単独軍事行動は許さないだろう。15年戦争での日本軍による大量虐殺や日本軍自身の大量戦死は、とりあえずはないと思いたい。この点ではあの時代と並行して考えるのは、あまり意味がないかもしれない。

 だが、意味のあることもある。

 それは自衛隊がアメリカのお手伝いに駆り出され、危険な任務に言葉巧みに(存立危機事態の英語はなんというのかな)誘い出され、2人か3人でも殉職、いや「殉国」の「戦死」をしたらどうなるだろうか。

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筆者

三島憲一

三島憲一(みしま・けんいち) 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

大阪大学名誉教授。博士。1942年生まれ。専攻はドイツ哲学、現代ドイツ政治の思想史的検討。著書に『ニーチェ以後 思想史の呪縛を超えて』『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』『戦後ドイツ その知的歴史』、訳書にユルゲン・ハーバーマス『近代未完のプロジェクト』など。1987年、フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞受賞、2001年、オイゲン・ウント・イルゼ・ザイボルト賞受賞。

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