住民投票で是非を問う意味
2015年05月14日
安倍晋三総理は、4月17日、総理官邸において、沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場を名護市辺野古に移設する件に関して、翁長雄志沖縄県知事と会談した。この問題では、移設推進の安倍政権と沖縄県が対立しており、会談での話し合いも平行線に終わった。
翁長知事は、2014年12月の知事就任以来、本件に関して菅義偉官房長官との面談を申し入れていたが、実現したのは4月5日であった。その面談を受けて、総理との会談が実現した。朝日新聞(2015年4月17日付)によれば、その会談は、「安倍政権には、沖縄との対話姿勢を世論にアピールする狙いがうかがえる。ただ、移設問題で双方とも譲歩する気配はなく、対立はしばらく続きそうだ」という。
その後、安倍総理は訪米し、オバマ大統領に辺野古移設の推進を約束し、国と沖縄県との溝はさらに深まった。
また5月9日には、沖縄で、翁長知事と中谷元防衛大臣との会談がもたれたが、ここでも双方の主張は平行線のままで、国と沖縄県との溝の深さを再度示す形となった。
この基地移設問題において一つの重要なポイントは、民意をどのように考えるかである。
沖縄県側は民意を盾に移設に反対し、他方、安倍政権は、民意への対応に関心を注ぎながらも、これまでの決定を前に進めているというのが、現在の状況であろう。
そこでまず、この民意の問題を考えるために、普天間飛行場の辺野古移転問題の経緯について振り返ってみよう。主な出来事をまとめたのが下記の表1である。
民主主義は、「民意(政治的要請)」と「専門性(官僚も含む複数の専門性)」のバランスを取りながら運営していくものだ。この基地移転問題は、この表からもわかるように、まさにその2つを織り込みながら、時間をかけて、一度は決着がついた問題であるといえる。
ところが、2009年の政権交代により基地問題が見直され、県外移設も検討された。しかしながら、紆余曲折の結果、県外移設は断念され、辺野古への原案に戻ることになった。それにより、一度は決着していた沖縄の民意が再燃したのである。
2012年に政権に返り咲いた自民党の安倍政権は、辺野古移設を推進している。これに対して、沖縄県の民意が反発を示しているように見えるのが現在の状況だ。
では次に、この問題に対する民意がどうなっているかについて考えてみよう。
沖縄県の最新の民意を示すものとして、2014年の知事選および衆議院選挙が挙げられることが多い。
知事選では、翁長氏が、移設を承認していた仲井眞弘多知事(当時)に対して約10万票の差をつけて当選した。ところが、翁長知事は、選挙時は、「承認撤回を求める県民の声を尊重、辺野古新基地は造らせません」と主張していただけで、最後まで「撤回または取り消し」を公約はしていなかったのである。また、もともと辺野古への基地移設賛成派の下地幹郎候補も約7万票を獲得しており、その数字と仲井眞氏の得票を合計すると、翁長氏の得票数とは拮抗する状況にある。
他方、辺野古移設に伴う「埋め立て承認の撤回または取り消し」を確約していた喜納昌吉候補は、約7800票しか獲得していない。
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