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[2]憲法9条の碑を「第九」で祝う

伊藤千尋 国際ジャーナリスト

 アフリカ沖のカナリア諸島のテルデ市にある日本国憲法9条の記念碑ができたいきさつを聞いた。

 「ヒロシマ・ナガサキ広場」が造られたのは1996年で、そもそものきっかけは、空港と市内を結ぶ高速バス道路が建設されたさい、町の中心部に空き地ができたことだという。

 当時の市長、サンティアゴ氏はここを市民が平和について考える広場にしようと思いついた。

 名前は原爆を落とされた広島と長崎にちなんで「ヒロシマ・ナガサキ広場」にしたいと考えた。世界を悲惨な状況に陥れた第2次大戦で最も悲惨だったのが原爆の被害を受けたこの二つの都市の人々であり、それを記憶し、伝えることがこれからの世界の平和につながると確信したからだ。

ラス・パルマス市の街角は中世そのものだ拡大ラス・パルマス市の街角は中世そのものだ=撮影・筆者
 だが、いくら広場の名をこうつけても、だだっ広い広場に立っただけでは平和を考えにくい。何か平和を考えるヒントになるものを置きたいと思った。

 そこで思いついたのが日本国憲法9条の記念碑だ。

 これからの世界を平和にするためには、世界の国が日本の憲法9条のように軍隊を廃止する平和憲法を持てばいいし、それが必要だと思った。日本人が入れ知恵したのではない。彼自身がそう考え出した。

 サンティアゴ市長は、広場と記念碑を造ることを市議会に提案した。市議会は議論の末に採決をとった。与党も野党も満場一致の賛成だった。

 それには政治的な背景がある。

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。主著に『凛凛チャップリン』『凛としたアジア』『凛とした小国』『9条を活かす日本―15%が社会を変える』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『地球を活かす―市民が創る自然エネルギー』(シネフロント社)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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