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[1]安保法制、前のめり改変の落とし穴

歴史と紛争の現実を知り、丁寧な議論を積み上げる必要がある

熊岡路矢 日本国際ボランティアセンター顧問

 本当にこのまま与党主導で、この国の安全保障法制を転換していいのだろうか――。こんな漠然とした不安を抱く人は少なくないでしょう。

 中国の軍事的な拡張、北朝鮮の不穏な動き、中東、北アフリカ地域の国家崩壊ともいえる不安定化、ロシアの覇権主義的な動きなど、日本の周辺から地球の裏側まで、世界情勢はますます混迷の度合いを増しています。

 しかし、だからといって、戦後70年、曲がりなりにも掲げ続けてきた憲法9条をよりどころとする平和主義の旗を簡単に降ろしていいのか。そんな戸惑いです。

 武力だけで平和や安心が実現できないことは近年の紛争の実態からも明らか。集団的自衛権を行使を可能にするなど、武力に訴える安全保障政策をまず整備するのではなく、たとえば紛争地の復興や難民支援などを柱としながら、人権や人道を最優先する新たな安全保障の可能性を探ることはできないのでしょうか。

 長年にわたり、中東やアジア、アフリカでNGOの立場で紛争地支援や難民救援活動などに携わってきた日本国際ボランティアセンター(JVC)顧問の熊岡路矢さんにうかがいました。(聞き手:WEBRONZA編集長 矢田義一)

くまおかみちや 日本国際ボランティアセンター(JVC)顧問、前代表理事。日本映画大学教授。難民審査参与員。1947年東京生まれ。東京外国語大学中退。80年のタイでのJVC創設に関わりカンボジア/インドシナ難民救援活動に参加。その後、イラク、パレスチナ、南アフリカ、エチオピアふくめ20を超す国・地域で人道支援活動に従事。著書に「戦争の現場で考えた空爆、占領、難民: カンボジア、ベトナムからイラクまで」(彩流社)、「カンボジア最前線」(岩波書店)、共著「NGOの選択」(めこん)など。

  ――この国の集団的自衛権や集団安全保障の議論が十分に尽くされていないまま、与党は11日、新しい安全保障法制を構成する11法案の中身について合意しました。また、安倍首相はこれに先立つ米国での演説で、米国とともにどこにでも向かうというような方針まで表明しています。安倍首相の米議会演説についてどう評価しますか。

まずは世界の現状の整理を

拡大熊岡路矢氏

 その評価をする前に、戦後70年の節目という以外に、世界の現況を整理しておく必要があると思います。まず、昨年から今年にかけて顕著になったイラクおよび隣国シリアの弱体化・破綻国家化と、それに乗じた形のIS=「イスラム国」の台頭があります。

 これらは、2003年、無理やり開始されたイラク戦争の結果です。また、パレスチナーイスラエル紛争の解決も目途が立たないなか、全体として中東、北部アフリカの混迷が深まっています。国内外で絶えず大きな災害や事件が起きるので、私たちの関心も持続しない場合がありますが、これらは確認しておかねばなりません。

 さらに、イエメンでの政変もあました。この地域の紛争、人々の犠牲、難民の流出も事実上放置され解決の目途が立っていません。米国のもう一つの戦場であったアフガニスタンも、新政権の内部対立から議会選挙の1年延期が主張され、タリバン支配地域が拡大するだけでなく、新興IS勢力の攻撃も大きくなってきています(Crisis Group報告)。ロシアーウクライナ紛争も、冷戦の再現のような様相です。

 他方、紛争解決の方向では、米国―キューバの関係改善の動きがあります。両国は1959年のキューバ革命および1962年の「キューバ危機」以来、国交も断絶し最悪の関係でしたが、国交交渉が始まり、オバマ大統領は4月14日、キューバへの「テロ支援国家」指定解除を承認し議会に通告しました。議会の抵抗があっても、国交回復は時間の問題でしょう。イラン核協議は、行きつ戻りつの状態ですが、対話は継続中です。

 したがって、15日にも国会に提出される予定の「国際平和支援法案」との関係でいえば、他国(主に米国を指す。)軍への平和支援(実質は戦争支援)は「何処でも有り」ですが、中東地域、ロシア周辺で行われる蓋然性が高いと見ています。

 ――中東も東欧も、そして中央アジア、アメリカ周辺も大きな動きが続いていますね。そうしたなか、日米関係も質的な変化を遂げようとしているとお考えですか。

憲法は軍事攻撃へのストッパー

 長い間、日米安保条約(体制)という言葉はよく聞いていましたが、今回の安倍首相の演説では、「日米同盟」という言葉が使用、強調されていました。しかし、同条約の「非対称性」(米国は日本に基地をもつ。日本を西側に留める。日本に攻撃核兵器は所有させない)ゆえに、対等を前提とする同盟という言葉は適切ではないという解釈が以前からあります。また同盟という言葉は、必然的に「軍事同盟」を連想させますが、上記の「非対称性」ゆえに、少なくとも今日において100%の軍事同盟ではないというのが私の理解です。

 いまでも日本国憲法が軍事攻撃へのストッパーになっています。言い換えれば、同盟の強調は、軍事同盟化を実現し、戦争出来る体制をつくるという意思表示であり、大きな変更と受け取りました。それならば、首相としてこのような演説を外国でする前に、もっと国会内での審議、日本社会全体での議論が必要だったはずです。

 演説全体は、日米二国間関係にフォーカスしていました。ゲティスバーグにおけるリンカーン演説からの引用をしたり、最後段落では、キャロル・キングの曲“You’ve Got a Friend”(=「君のともだち」〈注1〉)に触れ、この「ともだち」というキーワードで、東日本大震災時の米軍「トモダチ」作戦〈注2〉への感謝につなげて締めくくり、スピーチライターが腕を振るった出来栄えで、米国の議員が喜ぶようなまとめ方なのでしょう。

 また、演説では、米軍犠牲者への哀悼と敬意の表現が続きます。しかし、第二次世界大戦をふくめ、ベトナム戦争から直近のイラク戦争にいたるまで、現代の戦争では、都市への集中大型空爆など、老若男女を問わず一般市民の犠牲者が非常に多い状況が強いられています。こうした現実を見すえれば、これらの戦争における一般人犠牲者への言及、日米以外の犠牲者、被害者への言及もあるべきであったしょう。また首相が、バンドン会議などで言及した、「従軍慰安婦」問題をふくめ、戦場での性暴力に関する言及も必要だったと思いました。

 日米の平和のための同盟なら、核拡散防止条約を進め、核兵器を具体的に減らす提案があるべきで、原爆を落とし、落とされ被害を受けた二国のアピールは非常に有効・有意義でしょう。米・ロを中心として世界が保有する核兵器は、約16,400発(2014年米国国務省発表)で、人類を数十回滅亡させられるという恐ろしい状況は、冷戦後も続いてしまっています。

 その他、兵士のみならず、非戦闘員(一般市民、子どもたち)を大量に殺傷する、劣化ウラン弾、クラスター爆弾などの兵器を減らせという主張があっても良かったと思います。40年前にようやく終わったベトナム戦争や、ある意味現在も進行形のイラク戦争をふくめ、戦争の歴史を踏まえ、そうした前向きな主張がまったくなかったことは残念でなりません。

 ――沖縄の基地問題も県民の民意を踏みにじるような強硬姿勢を示しています。戦後70年の平和主義を大きく転換する方針について危惧する人も少なくありません。

平和主義の蓄積が否定されていく怖さ

 全体として、これまでの平和主義政策の蓄積が否定されていく、怖い方向に進んでいると感じています。政府与党側は、2012年12月の衆院選挙、2013年の参院選挙、昨年の衆院選挙と、小選挙区制度による「結果の偏り」(得票数の差以上の差が議席数に現れる偏り。死票も著しく多い)の問題もあり、結果として、特に衆院において圧倒的な議席数を獲得しています。

 選挙ではさまざまな争点があるので、防衛や安全保障について、どこまで現政権が有権者に支持されているのか詳細には分からない点もありますが、この議席数を背景に議論や論理より、力で押す雰囲気があり、そこも危ういと感ずる部分です。

 今の動きについては二つの流れがあると感じています。ひとつは、安倍内閣自体が「戦後レジームからの脱却」を旗印に、解釈改憲をふくめ戦争の出来る体制を性急に実現しようと突っ走っている流れ。もうひとつは、90年代までに比べて影響力の落ちた、アメリカの囲い込みによる「同盟強化」の旗の下、軍事面、経済面で、圧力をかけられている流れ。そもそも、米国に押し付けられたという「戦後レジーム」からの脱却を主張する安倍内閣が、米国にぴったり寄り添う政策を掲げるのは、大きな矛盾という感じがします。沖縄の基地問題でも、選挙で選ばれた首長や議員、県民の意向に非常に冷たい対応が続けられているのはおかしいと思います。

 ――これまで続けてこられてきたNGOの活動の経験からは、とりわけどのような点が問題に映りますか。

 これまでの活動において、稀な機会を頂いて、国際協力の前線や紛争地・災害地での人道支援の一線で働く経験を得ました。戦後70年(安倍政権の前まで)、憲法と平和政策、具体的には、自衛はするが戦争には加担しない、非核3原則、武器輸出3原則、ODA(政府開発協力。特にここ20年の改革)政策における持続的開発の重視、人道性、非軍事性などは、諸外国でも一定の評価を受けてきたと思います。

 私たちNGOは、緊急の人道支援、地域開発協力を、政府・政治から独立する、市民の立場で実施してきましたが、紛争地や戦場に近い地域でも、全体としての日本の平和主義イメージが、これらの活動を守ってきてくれたと思います。(広く、日本社会の成員、公務、ビジネス、観光などで動く人々も守られてきました。 他方、たとえばアメリカのNGOは、自国政府から独立して行動していても、パキスタンやイラク等で、武装勢力のみならず、一般市民からも敵視されるような場面を目撃してきました。米国・米軍の行動と一体のものと見做されてしまう危険です)。

イラクへの自衛隊派遣から変化

 この日本へのイメージが揺らいだのが、イラクへの自衛隊派遣の辺りからだと現地で感じました。アメリカの非道な戦争を支持するのか、と詰め寄られる場面も出てきました。

 安倍政権の「積極的平和主義」は、平和学での定義(単に戦争のない状態ではなく、戦争の原因となる、貧困、人権、環境破壊などの問題を解決する、という積極的な定義)と異なり、軍事を多用し、米隊とも連携するという意味合いが濃いと受け止めています。米軍と自衛隊(もしくはいまは未だ存在していない「日本軍」)の共闘が実施されてしまえば、これまでの日本が持っていたある程度の「中立性」のイメージは吹き飛び、危険度は相当上がってしまう。また、紛争解決などの仲介役になるなどの調停者としての重要なの役割もまわってこなくなります。

 これら戦争の場などでの経験を踏まえ見ると、安倍政権が一方的に進める、この安全保障政策の大きな転換は、閣議決定や解釈改憲ではなく、その支持者側から見ても、反対派から見ても、本来の憲法論議、あるいは改憲の是非を問う議論を積み上げていくことが必要なはずです。米国(その他の外国)と共に軍事力行使を進めるという政策と方針は、日本が戦後約70年間蓄積してきた、国際社会からも一定程度信頼されてきた、戦争をしない国、平和国家としての蓄積という貴重な基礎財産を失うことを意味します。またこの財産は、一度失った場合には「失敗したから、戻そう」ということが非常に困難な種類の価値です。

 安倍首相としては、性格なのか、一気にことを進めると思い込んだ節があります。他方、米国政府側の思惑としては、その影響力が全体として衰える中、盟友、英国・欧州諸国すら、AIIB(中国主導の、アジアインフラ投資基金)などに関して、米国と異なる独自の決定を行う情勢下で、軍事的、経済的に「忠実な伴」を確保したい、それはもはや日本しかいない、というような意識ではないでしょうか。

9条を支持する世論も

 ――集団的自衛権の行使や改憲については、日本の世論全体が雪崩を打って、ということでは必ずしもないと思うのですが。

 安倍首相は前のめり一辺倒ですが、昨今の世論調査の結果を見ると、集計と分析にもよりますが、個別の自衛隊の海外派兵とか、集団的自衛権の行使の問題、それから日本人の人質奪還などを自衛隊が行うというようなことに関しては、数字を見ている限りでは5割前後の人が反対している現実もあります(注3)。

 また、憲法9条をめぐる状況は確かに矛盾のある部分(戦力の全面放棄の規定があるのに自衛隊という戦力がある、など)がありますが、今も支持者は多い。政府内、国会内の議論とは異なり、国内外に多くの犠牲者を生んだ戦争の結果得られた、憲法9条が誕生した経緯も含めて、日本が再び戦争に突入しない歯止めとして、基本的に変えない方がいいという人が相当数いるのです(注4)。

 自民党にもかつての戦争を知っている政治家、野中広務氏、故梶山静六氏、故後藤田正晴氏らがいました。「憲法9条の基本を支持しつつ、集団的自衛権行使などには踏み込まない。その一線は守るべきだ」という意見だったと記憶しています。そういう人たちの意見が重みをもっていました。1980年代位までの自民党は、タカ派もいれば、戦争体験に基づいた憲法尊重派もいて全体としてのバランスがとれていた面もありました。

 ところが今や、そういう方々も政界からいなくなり、若い世代の政治家が実体験としての戦争を知らないまま、「戦争の出来る国」を目指しているように見えます。今は政策集団やリーダーによる意見の多様性がほとんど見えません。また野党をみても多くは、この20年間に与党化してしまっているように見受けられます。

 ――日本の若い世代がどのように受け止めているのかも気になります。

 1990年代からは、NGOの活動をしながら複数の大学で教えてきました。以前は、戦争などにはあまり関心がないか、どこか遠い「外のこと」としての戦争に関する質問が多かったのですが、この1、2年、「日本が実際に戦争にかかわるような状況になるんでしょうか」、あるいは、「自分が戦争に行くとか、行かなきゃならないような状況があり得るんでしょうか」という切実で、かつ自分が直接関わる問題としての質問を受けるようになりました。ショックでした。

 日本だけが平和であればよいという考えを私は持っていませんし、またそのつもりで、海外での国際協力、難民救援、人道支援に関わってきた訳ですが、目の前の青年たちが、彼らが参加する議論もなく、上記のような不安の中にあるというのは、異常なことだと思います。戦争では、「えらい」政治家や軍人は、多くの場合、前線には出ません。家族も出さないことが多いでしょう。結局、一般家庭の青年たちが、消耗品のように戦場で失われていくのでしょうか? そうではなく、むしろ戦争をなくす方向でのキャリアを選び進めるような学習の場を提供していきたいと思います。

 大戦メモリアル訪問を想起した、安倍首相演説に「(戦場に倒れた)アメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました」とあります。米国だけでなく、日本だけでなく、取り返しのつかないことはしてはならないのです。

 一般教養科目としての国際政治・社会、を教えているのですが、学生として、また将来の映画、放送の職業人として、知っておくべきこととして、世界の①貧困②戦争と平和③人権④環境の4つを課題の軸に据えています。前記の質問は、そういう授業の中で出てきた緊張感のある質問でした。今の20歳前後の大学生にとって、一般論の質問ではなく、自分の人生を左右するものに関する問いになってきたのです。これは戦後初めての大きな変化です。

 ――2001年の米国の同時多発テロで、世界の風景は大きく転換しました。その後の米国のアフガニスタンへの軍事行動やイラク戦争などについても、そもそも日本は検証が十分ではないとの批判は根強くあります。

イラク戦争の検証とともに議論を

 現政権が行うべきことの一つとして、日本も加担した、米国主導のイラク戦争への反省・検証は避けて通れないことだと思います。この検証と重ねる形で、はじめて憲法について、集団的自衛権について議論することが出来るでしょう。

 2000年代を通して行われた、米国ブッシュ(息子)政権の暴挙は、戦争の理由がないのにイラクに戦争をしかけ、一つの国を亡ぼしてしまったことです。安全を保障するすべての仕組みを破壊したために、10万人単位の大事な人命が奪われ、100万人単位の人々の人生、生活が粉々に壊されました。前の時代のサダム・フセイン体制は、独裁、人権侵害などの批判を受けていましたが、イラク人全体の生活は、米軍攻撃以降と比べて、はるかに守られているように見えました。女子の教育も広く行われており、女性の活躍も目に見えるものでした。

 イラク戦争は、現地において権力の空白をつくり、その空白の中から過激なISも生まれたし、多くの犯罪集団も登場し、イラクは破綻国家となり、その余波が隣国シリアにも及びました。現在、自国を離れた世界の難民は1,500万人を超していて、うちイラクとシリアからの難民は、その3分の500万人を超しています。

 日本が、新しい時代の政治・外交方針や援助政策をつくるというなら、目の前の検証課題を直視しなければならないはずです。イラクにおける日本の自衛隊員も、憲法9条の枠がなければ、戦闘に参加させられ、殺傷しあるいは殺傷された可能性は高かったと思います。

 ――アメリカではどの程度の検証が進んだのでしょうか。

 アメリカでは、開戦時、開戦以降、政府内の外交官や軍人にもイラク戦争への反対者、批判者がいました。リチャード・クラーク氏などブッシュ政権の元補佐官などが退任後、検証の資料にもなる、イラク戦争批判の著作を公表しています。現在は、政府も国民も、全体としてイラク戦争、アフガニスタン戦争は間違っていたという立場に立ってきていると思います。

 また、この戦争に追随した国として、イギリスではブレア元首相を喚問したりして一定程度イラク戦争検証が進んでいるようです。米国内と同様の議論ですが、特にイラクにおける、①大量破壊兵器所有、開発、使用に関わる、誤った情報あるいは情報操作の問題。②サダム・フセイン政権が、アルカーイダ的なグループとの連携はなく、思想も行動もまったく異なっていた(対立もしていた)のに、これを無理やり結びつけ、戦争の標的にした経緯や情報誤認の問題。失敗から学ぶのでは遅すぎますが、失敗からすら学べないとしたら、最低の事態でしょう。

 2000年代前半のアメリカを絶対視していると、このイラク戦争への検証も出来なくなります。安倍内閣はどうでしょう。自民党、公明党の与党はどうでしょうか。イラク戦争への反省なしに、集団的自衛権の行使容認などはありえまないと考えます。

紛争の現場での体験を共有する必要

 また、全体を俯瞰する検証も大事で必須ですが、現場からの具体的な検証も大切です。現代の紛争を現場で体験した人は、当該国の人々を除くと、外国人では極めて限られています。日本でいえば、大使館や現地で動いた外交官、国連、UNHCR、ユニセフ、WFP等で働いた人たち、私たちのようなNGO職員、紛争地で取材を続けたジャーナリスト等です。一番は、無論、現地(イラクだったら、イラクの人々)の声、そして現地の人と交流しながら、地べたで働いた、上記の人たちの貴重な経験や分析を詳細に聞き取って、検証していく作業が必要だと思います。

 ――現地にいる外交官や国連関係の方々、ジャーナリストらの活動なしでは、紛争や戦争の真実は見えなくなりますね。いわゆる大本営発表だけでは、判断を誤るのは歴史が教えるところです。

 その通りです。こうした現地の情報は極めて貴重ですが、今日、シリア取材の記者の旅券が無効化されたり、IS支配地域でない場所もふくめ、取材に入った記者を批判するという状況が起きています。この1月に、湯川さん、後藤さん殺害の事件があったことで、神経質になっていることは理解できますが、BBCその他多くの外国TV放送を見れば、安全を確認しながら、女性のレポーター、キャスターふくめ、現場に肉薄して地域の政治リーダーや、被害者の声を聞き取っています。

 日本をふくめ、欧米のジャーナリストや、イラク人やシリア人のジャーナリストらが命を懸けて、戦争の現場からの報道、リポートを続けているのです。そういう人の仕事をきちん評価・吟味し、政府からメディア、学者・研究者、市民レベルまで共有しながら現代の戦争の真実に迫らないと、安全保障の根幹を理解し、あるいはまして変えるような決定などできないのではないでしょうか。

注1 1971年作品。ベトナム戦争の泥沼の最終段階、米国内の反戦、厭戦気分が最高度に強まった時期の作品

注2  「トモダチ」作戦の祖語であるが、作戦従事の元米兵士らが、東京電力福島第一原子力発電所の事故で被曝したとして東電に損害賠償などを求めている訴訟で、米カリフォルニア州サンディエゴの連邦地裁が同州での訴訟を認める判断を下した(2014年10月30日にブルームバーグが伝えた)

注3 共同通信社が4月29、30の両日実施した全国電話世論調査によると、日米両政府が合意した新たな防衛協力指針(ガイドライン)について、半数に近い47・9%が反対と答えた。賛成の35・5%を10ポイント以上、上回った。同通信社が1月に実施した、全国電話世論調査によると、中東の過激派「イスラム国」対策をめぐる日本政府の今後の国際的な連携の在り方について 57・9%が「非軍事分野に限定」と回答した。有志国連合の軍事作戦への「後方支援」は16・6%、「資金協力」は11・2%、「直接参加」は2・8% だった

注4 一般的な憲法改正に賛成している人でも、平和主義の根幹を変えることに賛成の人は少ない。2015年3月の時事通信の世論調査では、「平和主義や国民主権など現行憲法の柱は堅持した上で、必要な改正を行うべきだ」と回答した人が58.7%と最も多かった。改憲自体は否定しないが、国論が分かれる9条などの見直しには慎重論が強いことが反映された形だ

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筆者

熊岡路矢

熊岡路矢(くまおか・みちや) 日本国際ボランティアセンター顧問

日本国際ボランティアセンター(JVC)顧問、前代表理事。日本映画大学教授。法務省難民審査参与員。1947年東京生まれ。東京外国語大学中退。80年のタイでのJVC創設に関わりカンボジア/インドシナ難民救援活動に参加。その後、イラク、パレスチナ、南アフリカ、エチオピアふくめ20を超す国・地域で人道支援活動に従事。外務省「国際開発協力」有識者会議委員、UNHCR駐日事務所アドバイザーなども歴任。著書に「戦争の現場で考えた空爆、占領、難民: カンボジア、ベトナムからイラクまで」(彩流社)、「カンボジア最前線」(岩波書店)、共著「NGOの選択」(めこん)など。