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世界は憲法を使っている(下) チリ編

獄中のタイプライター

伊藤千尋 フリー・ジャーナリスト

 私が朝日新聞の中南米特派員だった1980年代、南米チリは軍事政権下にあった。この国では1970年に選挙で社会党員の大統領が当選したが、3年後に軍事クーデターが起きて政権が転覆し、以後は陸軍のピノチェト将軍による軍事独裁が続いていた。

 クーデターのさい、軍は革新的な3000人以上の市民を虐殺した。国外に亡命を強いられた人は100万人を超えた。 

 その後は強権的な軍事独裁のもと、恐怖政治が続いた。政府に反対する者は逮捕されて砂漠や南極に近い無人島の収容所に送られ、多くが病気や拷問で亡くなった。

 新聞やテレビは検閲されて、政府を批判する意見はマスコミに載らなくなった。国民は沈黙した。

軍事政権下、街頭で手拍子しながら民主化を叫ぶ市民たち(1984年9月拡大軍事政権下、街頭で手拍子しながら民主化を叫ぶ市民たち=1984年9月、撮影・筆者
 だが、クーデターから10年すると、民主化を求める国民抗議行動が起きた。その模様を取材するため抗議行動のたびにチリを訪れた。

 軍政下にもかかわらず、首都中心部の広場で民主化を求める集会が開かれた。郊外のスラムでは住民が道路に古いタイヤなどでバリケードをつくって封鎖しデモをした。

 軍政は鎮圧の兵士を派遣したが収まらなかった。抗議行動はしだいにエスカレートした。

 やがて政府は戒厳令を敷いた。首都の街頭に戦車が出動し、交差点には自動小銃を水平に構えた完全武装の兵士が立った。

 ものものしい街を歩いたとき、雑誌を売るキヨスクを何気なく見て驚いた。反政府行動の写真を表紙に掲げた雑誌が置いてある。

街頭で売られていた反政府雑誌「アナリシス」の表紙には反政府行動の写真が載っ 拡大街頭で売られていた反政府雑誌「アナリシス」の表紙には反政府行動の写真が載っていた(1986年7月7日号)
 クーデター以来、新聞も放送も出版物も、すべて検閲されている。軍政を批判するニュースなど報道されないはずだ。

 ところが、民主化を求める雑誌が目の前で堂々と店頭に並んでいるのだ。信じられない思いがした。

 買って、ページをめくると、これまでの反政府行動の様子が写真入りの記事で載っている。

 巻末の住所を頼りに、編集部を訪ねた。郊外の一軒家だ。 ・・・ログインして読む
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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) フリー・ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。著書に『地球を活かすー市民が創る自然エネルギー』『活憲の時代』『変革の時代』『ゲバラの夢、熱き中南米』(以上、シネフロント社)、『一人の声が世界を変えた』『辺境を旅ゆけば日本が見えた』(以上、新日本出版社)、『世界一周 元気な市民力』(大月書店)、『反米大陸』(集英社新書)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『闘う新聞ーハンギョレの12年』(岩波ブックレット)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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