獄中のタイプライター
2015年05月25日
私が朝日新聞の中南米特派員だった1980年代、南米チリは軍事政権下にあった。この国では1970年に選挙で社会党員の大統領が当選したが、3年後に軍事クーデターが起きて政権が転覆し、以後は陸軍のピノチェト将軍による軍事独裁が続いていた。
クーデターのさい、軍は革新的な3000人以上の市民を虐殺した。国外に亡命を強いられた人は100万人を超えた。
その後は強権的な軍事独裁のもと、恐怖政治が続いた。政府に反対する者は逮捕されて砂漠や南極に近い無人島の収容所に送られ、多くが病気や拷問で亡くなった。
新聞やテレビは検閲されて、政府を批判する意見はマスコミに載らなくなった。国民は沈黙した。
軍政下にもかかわらず、首都中心部の広場で民主化を求める集会が開かれた。郊外のスラムでは住民が道路に古いタイヤなどでバリケードをつくって封鎖しデモをした。
軍政は鎮圧の兵士を派遣したが収まらなかった。抗議行動はしだいにエスカレートした。
やがて政府は戒厳令を敷いた。首都の街頭に戦車が出動し、交差点には自動小銃を水平に構えた完全武装の兵士が立った。
ものものしい街を歩いたとき、雑誌を売るキヨスクを何気なく見て驚いた。反政府行動の写真を表紙に掲げた雑誌が置いてある。
ところが、民主化を求める雑誌が目の前で堂々と店頭に並んでいるのだ。信じられない思いがした。
買って、ページをめくると、これまでの反政府行動の様子が写真入りの記事で載っている。
巻末の住所を頼りに、編集部を訪ねた。郊外の一軒家だ。
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